おやすみなさい、おばあちゃま
下北沢にバブーシュカというお店があります。
(公式Twitterアカウント:@babooshkatka)
「喫茶と雑貨、小さな展覧会のお店」というご紹介のとおり、素朴でかわいいケーキに幻想的な展示、幼心をワクワクさせてくれる少しレトロな雑貨の数々が落ち着いた雰囲気を作っていて、雑踏から隠れてほっと息がつける場所です。
そのバブーシュカさんが、建物の老朽化にともなって今月閉店してしまわれるとのことで、名残惜しさと、このお店を忘れたくないという思いでちいさな作品を書きました。
おやすみなさい、おばあちゃま
あめの日のおばあちゃまのおうちのやねうらべや。
ぽってりとろりとあついガラスのまどはお池みたいにゆらいでいるの。みみをすませたら、たなにおすわりしたぬいぐるみやおにんぎょうは、しずくのざわめきにかくれてひそひそおしゃべりしているの。
本屋さんでもとしょかんでも見たことのない色あせた絵本には、きらきらおめめのおんなのこがリボンやレースにかこまれて。
むちゅうになってながめていたら、おばあちゃま、たんすのおくからあふれだすまほう。
ふしぎのくにのエプロンドレス、パフスリーブのおてんばさん、まじょのよるやみワンピース。
ガーデンのおちゃかいにおよばれしなくちゃ。
いつのまにかおばあちゃま、おへやからいなくなっちゃった。
かべにかかったがくぶちのむこう。
ゆめの森のなか手をひいてくれたとらねこのおうじさま。月のひかりでおやすみのまえのミルクをあたためている、あかいスカーフのおんなのこ。
ねえ。
せなかからこえ。みみじゃないところにつたわるこえ。
ふりむいてもだあれもいない。
ほうたいをまいたちゃいろのくまが、まるいめだまをまっすぐに。
あなたなの? よんだのは……。
おへんじはきこえない。あめのおと。
おふねみたいにやねうらべやがぽっかりうかんで、やねうらべやだけ。
きっとちゃいろのくまやおにんぎょうやぬいぐるみといっしょに、えいえんにただよううんめいなんだわ。
ふんわり、ふんわり、おだいどころのまほうのかおり。
おばあちゃま、おばあちゃま。
いま、だれかによばれたの。それはね、きっとあのくまなのよ。しらんぷりしてこっちをじっとみているの。
あのくまちゃんは、ながいあいだ、たくさんのものをみてきただけよ。いじわるなくまちゃんでも、こわいくまちゃんでもないわ。だいじょうぶ。ほら、おやつをめしあがれ。
ハネーケーキにクリームをそえて。うさぎにことりのクッキーのせて。ようせいがふくらませたみたいなおいりもちりばめて。
もしもちっちゃくちっちゃくなれたなら、このおさらののはらであそんでみたいの。
だけどもうおおきいから。
あったかくて、じゅんわり、はちみつがほどけるハネーケーキ。さっくりしたふちのところがとっておきのおきにいり。あとまでのこしておきたくって、でもちょっとずつたべちゃう。
やさしいハーブのおちゃも。しっとりしたくうきに春のお花のゆげ。
しあわせにおなかがいっぱいになるって、なんてすてきなことかしら。
おやつのあとには、ねえ、まほうの手ほどきしてくれるでしょ?
はこにならんだゆびわは、からすとけいやくをむすぶため。
マッチばこはいつだって炎のいろをわすれないため。
こうみえて、おべんきょうねっしんですのよ。
きょうならったのは、いとをおほしさまのかたちにくんで、あんで、ひもにする、リリヤンのまほう。
ねずみさんにも、おバブちゃんにも、マフラーあげる。みんな、じゅんばんにならんでならんで。
あんで、あんで、きりんさんにあげられるくらい、もっとながく。
これはね、わたしがここでおしえられるさいごのまほうよ。
どうして、おばあちゃま。おさいほうのまほうもおだいどころのまほうも、くさばなのまほうもまだしらないわ。
すべてのもののめぐりあわせよ。こんどここにきたとしても、やねうらべやにはたどりつけなくなるの。
いや。そんなのいや。それならずっとここにいる。かえらない。
もう日がくれるわ。あなたがここをよくおぼえて、ちゅういぶかくみみをすませてくれるなら、またいつか、どこかで会うこともあるでしょう。そのときまで、あなたはあなただけのまほうを、とぎすませていてちょうだいね。
さいごにおばあちゃまがくれたのは、おとぎばなしのはじまりみたいないちまいのカード。
とらねこのおうじさまと手をつないで、かえりみちをとぼとぼゆくの。
ふりかえったもりのむこう、だいだいいろのあかりがゆっくりゆっくりしずんでいく。
おやすみなさい、おばあちゃま。