Novelber 16th—カレー狩りに適切な

 糸が部屋に入ってきた。歌って踊りながら。
「……ねえ」
 ころころと跳ねるリズム。くるくると回るステップ。
 手には大判の本を持っている。
「糸。どうしたの」
 聞いてみても返事はない。ご機嫌みたいだし、落ちつくまで待ったほうがよさそうだ。
「たんっ」
 目の前までやって来て、歯切れよく歌い終えた。
「今日のメニューは……編み込みです!」
 目の前にページが開かれる。
「なに? これ……」
「やって!」
 糸はその光沢のある細い髪を期待に満ちたしぐさで持ちあげた。

「材料は髪をひとつかみ、シリコンゴム1本です。お好みでリボン少々もご用意ください」
 糸はこちらに背を向けて座り、楽しげにしゃべり続ける。
「糸。その口調はどうしたの?」
「見つけたビデオのまね。すっごい古い、テルラのやつ。あとでカイもいっしょに見ようね」
 それからまた、さっきの歌をはじめる。あとで、というのは編み込みをし終えてからなんだろうな。
 短い文章がついた、図解の写真。時間も視点も固定されている。順番をたどって立体的な流れを考える。

「編み込みって、テラーニの狩りのときの髪型なんだって」
「そうなんだ」
 たしかに髪がしっかりとまとまっていて、動きやすそうに見える。
「それで、カレのハートを射止めるんだって」
「カレ? って動物?」
 首をかしげようとする糸を止める。

「……カレー、のことかな」
 しばらくおとなしくしていた糸が出し抜けに言った。
「カレー?」
「うん。さっきのビデオで言ってた。本当にテラーニってああいうの食べてたのかな? 素材の色も形もそのままの。レーションにしたほうが消化にいいんじゃないかなあ」
 そう言いながらも糸の口調にはどこか羨ましがる響きがある。
「でも糸は食べてみたいんでしょ。そのカレーっていうの」
 後頭部しか見えないけれど、糸がくすぐったそうに笑うのがわかった。
「テルラに着いたら、『はじめまして、大江糸です』ってテラーニにあいさつして、それからみんなでカレー狩りに行くんだ。ね、だからカイ。テラーニにも負けないくらい立派な編み込みにしてね」
「了解」
 手元の編み目は、本の中とは別物のようにでこぼこだった。
 でも、これはこれできれいだと思う。
 糸——テルラ帰還試験艦乗組員登録番号 O-8——の髪は、光に影に、その遊色効果を思う存分揺らめかせていたから。

Novelber 16 お題「編み込み」

※お題は綺想編纂館(朧)さま主催の「Novelber」によります。

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