【しをよむ076】三好達治「甃のうへ」——君を見る人。
一週間に一編、詩を読んで感想など書いてみようと思います。
三好達治「甃のうへ」
石原千秋監修、新潮文庫編集部編
『新潮ことばの扉 教科書で出会った名詩一〇〇』より)
青空文庫での公開もされています。
三好達治『測量船』収録
昔の——袴姿の学生さんが歩む町並みが見えるようです。
青みがかった石畳や瓦に降った桜は鮮やかで、
それよりもなお少女たちの着物や笑顔が目にまぶしい。
あの中に語り手の懸想の相手がいたとしても、
そして彼女もこちらを憎からず思ってくれていたとしても、
「御嬢さん」と声を掛けるなどできない、純朴な春です。
名前も知らないままに胸の裡だけでひっそりと「櫻の君」と呼んでいたり……。
少女たちが過ぎ去るとあたりは静まり、落ちついた緑が目に入りだします。
少女たちのように目をあげて桜を見、甍を見、それから空を背景に黒い風鐸を見。
息をついて、のけぞらせていた首をもどせば今度は独りぽっちの影が見え。
歩いても歩いても、独りぽっちの自分には独りぽっちの影がついてくる。
甃のうえを、花弁のうえを、滑るようについてくる。
青春のかすかな寂しさをかかえ、視界に自身の影をおさめながら歩む語り手。
けれどもそれは、外から見れば、太陽の輝きを背に前途を見据える、洋々たる若者の姿に映っていたのかもしれません。
お読みいただき、ありがとうございました。
来週は西脇順三郎「ギリシャ的抒情詩(抄)」を読みます。
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