【しをよむ075】八木重吉「素朴な琴」——言葉もなくこぼれ落ちるもの。

一週間に一編、詩を読んで感想など書いてみようと思います。

八木重吉「素朴な琴」

石原千秋監修、新潮文庫編集部編
『新潮ことばの扉 教科書で出会った名詩一〇〇』より)

青空文庫での公開もされています。
八木重吉『貧しき信徒』収録

澄んだ空気の詩です。
かすかな絃の震えが香のように空へのぼっていくような。

この詩から私が思い浮かべていたのは、
光を吸いこんだ秋の縁側です。
庭の樹々は気取られないようにそうっと葉の色を変えてみたり、実をふとらせてみたり。
池にさざなみも立たないほどおだやかで、縁に寝転がると頬にほんのりと温かさを感じます。

そこに、ひとつの琴の音。調和にやすらぐ吐息のように。
もしかしたらそれは枯れ葉を一枚、かさりと落とすかもしれません。
そのあとはまた、胸いっぱいの沈黙で庭を眺めます。

美しいものに出会ったとき、「何か」を言いたくて、
ただの「きれい」では目の前のそれまで単純化されてしまいそうで、
でも言葉を重ねては——特に話し言葉として現れるときには——なんだか大仰で嘘っぽくなってしまって、
結局はその場ではなにも言えずにそれを見つめている……。
どこかそんな切なさも想起されました。

秋の陽のなかの琴の音は、言語ではなく、思わずこぼれ落ちた涙やため息に近かったのだと思います。

お読みいただき、ありがとうございました。
来週は三好達治「甃のうへ」を読みます。

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