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コミュニケーションのものさし

私の研究室では現在,脳卒中などの後遺症で構音障害のある人の日常コミュニケーション(国際生活機能分類の活動・参加)の様子を,言語聴覚士が共有するための方法を研究しています.

コミュニケーションを測る? ー CPM と CPIB ー

ひとつは,日常コミュニケーション遂行度測定(The Communicative Performance Measure,小澤ら,2012 ; 2019)を使った研究です.
もう一つは,The Communicative Participation Item Bank(コミュニケーションへの参加に関する質問項目バンク,Baylorら,2013)を日本で使えるようにする作業です.

一般には,コミュニケーションに「測る」という言葉は馴染まないと思います.脳血管障害(脳梗塞,脳出血)のような病気を原因とする言語障害のある人ではコミュニケーションに支障がおきることがあります.CPM は,構音障害(運動障害性構音障害,dysarthria)のある人が,ふだん相手に伝えたい言葉がどれぐらい伝わっているか(言葉の伝わり度)を測るためのモノサシです. 
CPIBは,家庭,地域,学校,仕事など「社会参加」のモノサシです.
コミュニケーションの場面とニーズは様々ありますが,コミュニケーションを必要としない「参加」はありません.

CPMについて

CPMを作るときに,一番参考にしたのがカナダ作業遂行測定(COPM)です.そのため,CPMとCOPMの P(performance:ICFでいう実行状況)は同じです(M: measure も).実行状況は,能力「できる」(capacity)に対して,日常「している」作業やコミュニケーションを意味します. 

COPMは作業療法の効果を測定するためにカナダの作業療法士協会が開発したものです.作業療法学の鎌倉矩子先生は,「COPMは,クライエント中心の作業療法を推進する道具として開発され,いまだかつてないクライエントの視点に立つ測定法を世界に提案した」と評しておられます.1990年に出版されてから,24か国語に翻訳され,35か国以上で使用されているといいます.日本でも県立広島大学の吉川ひろみ先生が翻訳され,よく知られています.


COPMでは,作業療法のクライエントが,したいと思うことする必要があることを自分で決めて,それがどれぐらい遂行できているかを自分で,10(とても上手くできる)〜1(全くできない)の10段階で評定します(重要度,遂行度,満足度).

コミュニケーション(会話)には必ず相手がおり,共同作業,相互作用で成り立ちます.そのため,CPMでは,構音障害のある人のことばの伝わり具合を,対象者自身と,その主な会話相手の双方に評定してもらうことにしました.ことばの伝わり度(日常会話了解度)を10(すべて伝わる)〜0(全く伝わらない)の11段階で評定してもらいます.

CPMは,このように話し言葉の障害のある人と主な会話相手に,日常コミュニケーションをどう捉えているかを尋ね,数値化してもらうシンプルな方法ですが,これをきっかけとして,「 7としたのはなぜですか?」「伝わらないときはどうしていますか」のように質問を拡げていくことで,当事者にしか分からない日常生活でのコミュニケーションの様子を教えて頂くのに役立つと考えています.

CPIBについて

CPIBは,ワシントン大学のベイラー博士らが,コミュニケーションへの参加に特化した質問紙として開発しました.対象者は,構音障害に限らず,聴覚障害,音声(発声)障害,失語症などを原因とするコミュニケーション障害のある人です.コミュニケーション障害のある方ご自身に,様々なシチュエーションへの参加状況について回答していただきます.

原版著者のベイラー博士らは,アメリカ国内での大規模調査(701名)をもとに,94の質問項目を46に絞り込み,さらに臨床用に10項目の短縮フォームを発表しています.短縮フォームとフルフォーム(46項目)の相関は極めて高いとされています(相関係数 0.971).

質問項目は,相手(よく知っている人,知らない人,少人数,大人数),場所,本人側・相手側の心理状況など様々なコミュニケーション場面や,言語聴覚障害のある人にとっての難易度が考慮されています.

コミュニケーションには文化圏の違いが表れます.CPIBの質問項目にも,それほど多くはありませんが,翻訳時に考慮する必要があるものがあります.
こうした健康関連QOL(HRQOL)患者報告アウトカム(PRO)の質問票の尺度翻訳は医療,教育など幅広い領域で活発におこなわれており,ガイドラインがまとめられています(Wild, 2005,稲田,2015).CPIBについても,ガイドラインの手順を踏んで日本語化作業を進めているところです.

国際生活機能分類との関連

最後に,WHO 世界保健機関の国際生活機能分類(ICF)との関連についてみます.
ICF(2001)では,「活動」と「参加」とを明瞭に区別することは困難として(非常に密接な関係があり「活動は参加の具体像」, 上田,2005),詳細分類コードは単一のリストとなっていますが,それぞれは下図のように定義されています.上田は,「参加」は目的,「活動」はそのための手段としており,それに従うと,CPMは活動レベル,CPIBは参加レベルの「ものさし」ということになると思います.

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文献
小澤由嗣:クライエントの日常コミュニケーションの自己評価を主軸に据えたSTアプローチ.ディサースリア臨床研究.1, 27-32, 2012.
小澤由嗣,中村 文:日常コミュニケーション遂行度測定(CPM)の開発.ディサ―スリア臨床研究 9: 16-21, 2019
Law, Mほか:カナダ作業遂行測定 第4版(吉川ひろみ訳),大学教育出版,2006
鎌倉矩子:「作業療法の世界 ー作業を知りたい・考えたい人のために」p171-175,三輪書店,2001
Baylor, C., Yorkston, K., Eadie,T., et al.: The Communicative Participation Item Bank (CPIB): item bank calibration and development of a disorder-generic short form. J Speech Lang Hear Res., 56: 1190-208, 2013
Wild, D, Grove, A., Martin, M., et al.: Principles of Good Practice for the Translation and Cultural Adaptation Process for Patient-Reported Outcomes (PRO) Measures: Report of the ISPOR Task Force for Translation and Cultural Adaptation. Value in Health, 8:2, 2005
稲田尚子:尺度翻訳に関する基本方針.行動療法研究 41: 117-125, 2015
上田敏:ICFの理解と活用.p16-17, p46-48,萌文社,2005



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