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会話了解度 (コンプリヘンシビリティ)

コミュニケーションのものさし」でふれた,日常コミュニケーション遂行度測定(The Communicative Performance Measure:CPM)は,言語聴覚士と構音(発音)のしづらさのある人(運動障害性構音障害など)が,普段のコミュニケーションの状況を共有するための手段です.
言語聴覚士が,当事者である構音障害のある人本人と,その主な会話相手に直接,日常のコミュニケーションの状況をたずねていきます

言語聴覚士は,構音障害の状態を検査するのに,言語訓練室で「会話明瞭度」を測定していますが,CPMでは,日常会話における「了解度」という尺度を用います.
私たちの最近の研究で,会話明瞭度と会話了解度の間には必ずしも相関関係がないことが分かってきました(中村ら,2021).
言語聴覚士によるリハビリテーションの目標は,当事者の普段のコミュニケーションの改善です.
そのため,明瞭度と了解度に差がみられることは見逃せない重要なポイントになります
今回は,この会話了解度という概念について紹介します.

会話了解度とは

会話了解度とは,ここでは,コンプリヘンシビリティ(comprehensibility)の日本語訳です(*1,*3)
長いカタカナ語で恐縮ですが,私はこの語を,ヨークストン博士(元ワシントン大学教授)の論文(Yorkstonら,1996)で学びました.

コンプリヘンシビリティとは,一般に,通常のコミュニケーション場面で発せられたことばが,会話相手にどれだけ理解されたかをいいます(*1)
例えば,私たち日本人が外国語として学んだ英語が,どれだけ実際に通じたかも会話了解度です.

会話了解度と会話明瞭度の違い

従来,言語聴覚士は,明瞭度という尺度を使ってきました.現在も(これからも)最も重要な測定尺度の一つです.
文字通り,話者のことば(発話音声)が日本語として,どのくらい明瞭に聞こえるか,その高低を測ります.

明瞭度検査の代表例は,会話明瞭度検査です.
構音障害のある人の会話音声を言語聴覚士が録音などして聞いて,5段階尺度を使って判定します(段階1「すべて分かる」,段階2「ときどき分からないことばがある」,・・・段階5「全く分からない」という基準で).

先述のように,この会話明瞭度と会話了解度は,必ずしも一致しません(両者が常に比例関係にあるとはいえない).
この理由として,例えば次のようなことが考えられます.

会話明瞭度の判定は,通常,言語聴覚士がします(ことばの症状の専門知識があり,そうした音声にも聞き慣れている).
そのため,会話明瞭度の測定は,病院の言語リハビリ室など,生活騒音が比較的少なく,コミュニケーションに好適な環境でおこなわれます.

しかし,そのような静かで落ち着いた雰囲気のなか,お互いの顔もよく見える近距離での会話場面は,日常生活,つまり家庭や,病室,地域コミュニティでのコミュニケーション場面と必ずしも同じとはいえません
例えば,家庭内では,会話相手は少し離れたところで家事をしているなど,お互いに向き合って,会話に専念してやりとりすることばかりではないからです.テレビや,炊事などの生活音も意外とコミュニケーションの大きな妨げになります.

もう一つ重要なことは,コミュニケーションには必ず相手がいますが,構音障害のある人のことばの明瞭さは,相手によって,だいぶ違う場合があるということです.

言語訓練室での練習中や,言語聴覚士と話すときは,落ち着いて,発音が分かりやすくなるように,ご本人が意識して口をゆっくり,はっきりと動かすので,比較的明瞭に話される方が多いのですが,実は日常場面で,そのように発音の仕方を意識して会話することは至難の技なのです.

なぜ至難の技かといいますと,私たちはみな,普段の会話では,話す内容を考えるのにほとんどの意識を使っており,発音運動はほぼ自動操縦に任せているからです.なかなか発音の仕方にまで意識を向ける余裕がありません.
また,相手から何か質問されたときも,即座に反応して,急いで発音してしまうことが多いと思います.

「相手による違い」はそれにとどまりません.
家族など親しい人は,話題について共有している情報も多いので,発話が不明瞭であっても文脈から推測が容易で,親しくない人と比べて,ずっとよく理解できる可能性があります.
また,言語聴覚士のように,構音障害のある人の発話を聞き慣れている場合も,一般の人に比べて,よく了解できると思います.

このように構音障害のある人のコミュニケーションの成否は,相手や場面によって異なり,相手を含めた「コミュニケーション・コンテクスト」(*2)は,発話の伝わり具合の促進因子にも,また阻害因子にもなるわけです.

会話了解度の測定

CPM 日常コミュニケーション遂行度測定

以上,会話了解度という概念について述べましたが,これまで国内外に,了解度の標準的な測定法はありませんでした.

そのため,私たちは,会話了解度を構音障害のある人の主な会話相手に,0(全く伝わらない)〜10(すべて伝わる)の11段階スケールで評定してもらうことにしました.
同時に,構音障害のある人本人にも,同じスケールを使って,自分のことばが相手にどれぐらい伝わったと思うかを評定してもらうことにしています.

これはとてもシンプルな方法ですが,評定値を糸口として,当事者のみが知る日常コミュニケーションの状況を詳しくお話して頂くきっかけになります.そして,コミュニケーション障害の改善のための方策を協働して考えていくのに役立ちます.

測定の手続き,信頼性,また会話了解度と会話明瞭度の関連性などについては,あらためてご紹介します.

*1 コンプリヘンシビリティ comprehensibility の定義
コミュニケーション場面 (=コミュニケーション・コンテクスト *2)において,話し手が発したことばが聞き手にどれだけ理解されたか,その程度のこと.
Comprehensibility is defined as "the extent to which a listener understands utterances produced by a speaker in a communication context“.
(Barefoot, SM et al.: Rating Deaf Speakers’ Comprehensibility: An Exploratory Investigation.  Am J of Speech Lang Pathol, 2, 31-35, 1993より)

*2 コンテクストというのは,言語が使用される場面や文章内部の前後のつながり(文脈)のことです(明鏡国語辞典第三版).話しことばそれ自体(音声)と,発せられた場を取り巻くすべての事象(相手,話題,表情,ジェスチャーなどの非言語情報,騒音,相手との位置関係のような物理的環境など,コミュニケーション場面にまつわる全要因)が含まれます

*3 日本における了解度という用語
音声情報の伝達性を表す評価尺度の名称として,音節(仮名文字1つずつの構音)レベルに「明瞭度」,単語,文レベル以上に「了解度」という用語を用いる学問分野があります(日本音響学会,日本聴覚医学会:下記HP参照).つまり,言語学的単位に応じて呼び分けています.
1つの音節(仮名1文字)は通常,意味をもちませんが,単語レベル以上では,ことばの意味が音声情報の伝達性に大きく影響するからです(単語の一部が不明瞭な音になっても伝わる可能性が高くなります).
日本聴覚医学会の定義では,音節明瞭度,単語/文章了解度のいずれも英語の intelligibility(インテリジビリティ:明瞭度と訳されることが多い)という語に相当するとしています.

一方,言語聴覚士が臨床的に発話の明瞭さを検査する場合には,単音節レベル,単語レベル,文レベルのいずれにも明瞭度という用語を用いることが多いと思います.米国のSTも同様に,文レベル明瞭度(Sentence Intelligibility Test : SIT, Yorkstonら, 1996)という用語を用います(特定の検査文を音読した音声をST以外の人に書きとってもらい,正しく聞き取れた割合(%)を算出する検査方法).

本稿では,こうした学問分野による用語の使い方の違いを踏まえて,コンプリヘンシビリティ(comprehensibility)という概念が,「日常のコミュニケーション場面の」了解度を扱っていることを表すように,「会話了解度」という語を当てています.

文献
Yorkston KM, Strand EA, Kennedy MRT: Comprehensibility of dysarthric speech:implications for assessment and treatment planning. Am J Speech Lang Pathol, 5:55-66, 1996

小澤由嗣,中村 文:日常コミュニケーション遂行度測定(CPM)の開発.ディサ―スリア臨床研究 9: 16-21, 2019

中村 文,舩木 司,長谷川 純,小澤由嗣:dysarthriaのある人を対象とした日常コミュニケーション遂行度測定の信頼性.言語聴覚研究 18: 295-305, 2021     
                            (了)


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