でべそ
小学3年になる息子の話である。
初めて、私の体から出てきた赤ちゃんは
それはそれは頭の大きな子で、よく泣き、よく寝ない赤ちゃんであった。
授乳も寝かしつけも、お互いになんとなく、かみ合わない。
おまけに1ヶ月くらいすると、
その子の「おへそ」はあっという間に
ピンポンボールみたいに大きくなって驚いた。
臍ヘルニア(さいヘルニア)。
だいたいは自然に治っていくよとみんなが口を揃えた。
いつしか本当にそれは小さくなって
小さくなって
気にもとめなくなっていった。
でも
そのおへそには、続きの話があった。
私が気にもとめなくなったおへそに、
息子がいろいろな感情を閉じ込めていっていたとは
9年と1ヶ月、気が付かなかったのである。
✛
それは昨晩
年長の娘に角野栄子さんの「りんごちゃん」を読んだ時のこと。
その本の中に
「おまえのかーちゃん、デーベソ」
というフレーズがある。
どこか懐かしいフレーズ。
あのジブリ映画にも出てきたっけ。
今どきこんなこと言う子どもっていないと思うのだけど
それにしても、口にしてみると、とんでもない悪口で笑える。
娘が不意に「でべそって、なんだっけ?」と言った。
その時息子が「これこれ」と見せてくれたのが、きっかけだった。
本を読み終わると、息子が何か思っているような背中を私に向けていた。
「どうかした?」と尋ねると、
「 でべそがいや。」とポンと答えたのである。
私はびっくりした。
そもそも、私は息子のおへそは〈小さくなった〉と思っているのだから
申し訳ないけれど〈でべそ〉という認識すら薄かった。
そして、本当に、そのおへその形が
人と違うとか、かっこ悪いとか、思ってなかったから。
「何か言われたりするの?」と尋ねると、
「うーーん・・・」とまた背中を向けた。
そういえば息子は、プールの時や人前で着替えるとき
やたら周囲を気にして、タオルで体を巻いて着替えたり、
上半身も水着を着たがる傾向があった。
それは彼の特性や趣向で、あえて尊重してきたつもり。
だけど もしかして。
おへそを、隠していたかったんだね。
うっすら涙をにじませている息子に、
私はこの話をしなければと思った。
✛
私は大学生の時に初めて、
足先の出るtommy hilfigerの
真っ赤なフラットシューズを買って
それがすごく自分によく似合っていて
感動したのを思い出した。
あんな友達や
あんなフラットシューズに
出会えたことが嬉しかった。
そして最後にこう伝えた。
息子はもぐらのように布団の中にもぐっていって
泣いていた。
✛
次の日の朝、学校に行く息子が
ふいに抱きついてきた。
そして、私の顔を見てニカっと笑って、
おへそを私に見せて、親指を立てて
「グー」をして見せた。
私は「わっ」と思った。
これから、何度でも、何度でも、
言ってあげようと思った。
「あなたのおへそが大好きだよ」と。
いつか息子も
きっとそれを誰かに伝える日がくるだろう。
それは、〈でべそ〉を神様からもらった
あなただから
あなただからこそ
できることだと 私は思う。
おわり