【風紋 21】日常に巣食う魔物
上田の快活クラブで一夜を明かした。
夜の23時にチェックインし、シャワーを浴びて炭酸水を飲みながらのんびり寝る準備を整える。部屋のすぐそばにシャワー室があるのは良かったが、トイレに行くためにブースエリアからオープンブースを通って、カラオケエリアまで行ってトイレに向かう構造がかなり厄介だった。響き渡る重低音と人工的な光、若者たちの有り余るエネルギーのシャウトは、慣れない上田までの運転の疲れもあり睡眠モードに入っていた体にはかなりこたえた。入店した店舗は鍵付個室がグループ利用のみだったため、やむを得ずフルフラットシートの席になってしまったのも誤算。ずっとある程度明るいため、タオルケットを頭まで被ってなんとか日付を回った頃に入眠。
夜中3時、あれがやってきた。
"魔音・爆裂おじさんいびき"
世の中の仮眠室という仮眠室に必ず発声するあのいびき。いびきを擬音として表現するならせいぜい「ガー」とか「グオォー」とかになるが、そんなもんでは到底表せない。文字では表記できないこの世の終わりに鳴り響く轟音である。被せたタオルケットや耳栓の防御力なんて無に還してしまう振動の暴力。バイブレーションバイオレンス。「あれ、ちょっとおさまったかも」という油断は命取りになる。それは単なる次の咆哮への溜めにすぎない。いっそのこと同じボリュームで鳴り響いてくれれば大きめのBGMとして処理して順応することができるのに、そうは問屋が卸さない。緩急によって、意識を常に誘導させられる。聴覚に訴えかけるタイプの幻術みたいなものだ。小一時間程抵抗を続けてみたが、寝ようとする方がかえって疲弊するばかりだった。あまりにも土俵も階級も違いすぎるため、こんな試合はとっとと諦めて終了である。安西先生すいません。
僕の上田での睡眠は3時間で幕を閉じた。
もうこうなったら漫画を読み漁ってやることを決意し、最近追えてなかった『キングダム』『ブルーロック』『バーサス』『ショーハショーテン』の前回読んだところから最新刊までを本棚からピックアップしていく。読んでない分がたくさん溜まっていると、なんだか得した気分になる。
いつの間にかバイブレーションバイオレンスがピタッとおさまっていることなんて微塵も気付かないまま、すっかり漫画の世界に没頭して胸を熱くしていた。喉元過ぎればなんとやら。気にしすぎなだけで、ほとんどの問題はどうも大したことではないではないことばかりだ。
お店側がより漫画をたくさん読んでもらえるように、魔音を発生させるおじさんを雇っているのかもしれない。
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