テンの話
その犬は売れ残りだった。
店頭近くの小さなケージには生後2か月程度の仔犬たちが与えられたオモチャを噛んだり、店員におやつや抱っこをせがんだり、その愛らしさを存分に撒き散らかしてガラス越しの冷やかし客達を笑顔にさせている。
「もう犬のいない人生には耐えられない!」
前夜唐突に夫に宣言したわたしは、冷やかし客に交じって熱心にガラスを覗き込んでいた。
絶対にきっちりお世話をすることが条件だったが、激高にも近い私の主張に根負けした夫も物珍しそうに仔犬たちを見ている。
家に一番近かったペットショップに来たのはこれが初めてだった。
5年ほど前に東横沿線(多摩川越えてかなり横浜寄り)にできた車メーカーが造った大きなショッピングモールは映画館こそ無かったけれど、品揃え充実の大規模スーパーマーケットや大手衣料品メーカー、雑貨や家具のお店、家電量販店も構え、わざわざ横浜や東京に出向かなくてもなんとなく全てが揃う便利さと、駐車場が無料なこともあって週末は近隣道路に渋滞が発生するほどの人気がある。
わたしたち夫婦はショッピングモールから歩いて5分のマンションに住んでいたので、スーパーマーケットはもちろん、レストラン街やスポーツジムとほぼ全ての店舗に顔を出していたが、ペットはもちろんペットグッズや餌を売るその店に行くのは初めてで、とりあえず見るだけね、と約束して向ったのだ。
しかも狭いマンションで飼うんだから小さい犬種だよね、とも言い合いながら…