夫婦喧嘩をした寒い夜
11月に入ってまもなくのことだった。
私たち夫婦は、滅多に喧嘩をしない。
ちょっとした言い合いはあっても"喧嘩"と呼べるものは、年に1度あるかないかだ。だが今回に関しては間違いなく"喧嘩"と評してよいだろう。どの喧嘩にも理由が存在すると思うのだが、考えても、あの日なぜそうなってしまったのかわからない。
その日は2人とも自宅にいたのだが、朝から業者さんが出入りしており、それが9時から17時すぎまでかかったものだから、知らぬ間にストレスがたまっていたのかもしれない。もちろん業者さんには何の罪もない。ここのところお互い忙しかったので、漢字通り「心をなくしかけていた」のかもしれないし、朝から夕方まで降り続いた雨で気持ちが暗くなってしまったのかもしれない。
業者さんが帰ってからすぐに、言い合いとなった。
お互い感情をぶつけ合うだけの"中身のないケンカ"とでも言おうか。
「もういい!」と私は2階への階段を駆け上がるのだが、そのとき閉めたドアが思いのほか勢いよくバーン!!と閉まってしまい、自分が一番驚いた。夫はその事情を知らないのだから、1階で更なる苛立ちを抱えていたと思われる。それにしても言い合いの後は、なぜあんなに荒い呼吸になってしまうのか。明らかに酸素が足りない。感情の整理がつかないまま2~3分が過ぎたところで『散歩をしながら外の空気を吸って自分を落ち着かせよう』と玄関へ向かい、ジャンパーを着て鍵を閉め、家を出る。
外はもう真っ暗だ。先程まで土砂降りの雨だったので、そこら辺中に水たまりができている。
ゆっくりと歩く。
そのうち涙が零れてくる。
「なんでこんなことになったの!」「なんであの人はわかってくれないの!」という気持ちが、歩いているうちにだんだん「なんであんな言い方しちゃったんだろう」という反省に変わってくる。
そして気付くのだ。
寒い、寒すぎる。
服装を気にせず出てきてしまったことも反省したりしている。
すると、わたしの横を車がゆっくりと通り過ぎた。
あまり車通りは多くない道なのだが、その後も何度か同じように通り過ぎるので恐怖におびえ、早足で帰路に着く。ヘッドライトに照らされる。更に雨上がり後の道路に反射し、涙も邪魔をして、ナンバープレートを確認することもできない。そして5回目程にやっとわかるのだ、それが夫の車であると。後から聞くと、心配して探し回り、私が家に着くまで見張っていたらしい。
夫の車と知った私は、少しだけ遠回りしながら家へ帰った。帰ったことを知らせないように真っ暗にしたまま夫の帰りを待つ。今考えればかなり無駄なことをしていたと言わざるを得ない。
少々意地悪をしすぎたせいか、なかなか帰らない。「そういうとこだよなー」と思いながら、お風呂掃除をしてお湯をためて、ラベンダーのバスソルトを入れる。ついに電気もつけて、キャベツの千切りを山盛り作り、生姜焼きの下準備をする。
そして私の帰りから30分後、夫が帰ってきた。
犬たちがワンワンと吠える。
「おかえり」
「ただいま」
と変わらないやり取り。
「ごめん。なんか苛立っちゃって当たっちゃった、気を付ける。」と私が言うと、夫も「ごめんね。」とお菓子屋さんで買ってきたマカロンとクッキーを手渡す。
そうして握手をして夫婦喧嘩は終焉を迎えた。
生姜焼きを夫はたいそう喜びモリモリ食べてくれた。あたたかい食事とお風呂というのは、心を修復して穏やかにしてくれる。お風呂の後は、お菓子の時間。
マカロンを食べながら私は誓うのだ。
例え喧嘩をしてもドアは絶対静かに閉めよう、と。