第11話 スキップ&ビター
ヨウヘイ「もう1回!!」
「♬ゴールまで」
あかり&つみき「偉く長いぞ!」
ヨウヘイ「♬勢いで空回り」
あかり&つみき&ヨウヘイ「♬無駄じゃない 何度でも唱えながら…」
「Oh イエ――――――イ!!!」
3人はやけくそで歌いながら、なんとか山道の頂上までたどり着いた。
「っしゃあ!なんとか登り切った!!」「登り切った記念に写真でも撮るか~!」
ヨウヘイがiPhoneを取り出すと、大量のInstagramの通知が届いていた。
「す、すごいことになってるよ!!」
なんと、ヨウヘイが投稿した動画がバズっていた。3人がシグナルを歌う動画は、いいね数4.8万を超え、まだまだ増え続けている。
あかりとつみきちゃんはヨウヘイのiPhoneを覗き込み、目を丸くした。
「すごい!!」
「これ、いけるよ!!2人も同じ動画、出したら絶対バズるよ!!」とヨウヘイが言う。
「たしかに!バズってる動画の真似をするのがSNSの鉄則だもんね」
そこで、あかりとつみきちゃんもヨウヘイにならい、それぞれの視点でシグナルの歌動画を投稿した。
*つみきのTwitter
「青のカケラ ヨウヘイくん、くじらNo.1972ちゃんと叫びながら爆走中!いくぞおおおお!!!#BLUE STAGE」
*あかりのTwitter
「2人と一緒に山を登り切りました!!ありがとう!@aonokakera @chigusatumiki #BLUE STAGE」
ヨウヘイは自分のバズった動画のコメント欄に、「一緒に歌っているのは千種つみきちゃんと、くじらNo.1972ちゃん!2人の動画もいいねしてあげてね!」とコメントを残した。
「これでよしっと…!」
*
ヨウヘイの誘導もあって、つみきちゃんとあかりの動画も好調に伸びていく。3人は止まらない通知に歓喜し、ハイタッチを交わした。
結局、ヨウヘイのいいねは5.2万件、つみきのいいねは3.5万件、あかりのいいねは3.2万件まで伸びた。
この大バズリを受けて、3人は今後の戦略を話し合うことにした。
「みんな30km以上の距離短縮ができることになったけど、どうしようか?」
あかりが2人に話しかける。
ヨウヘイは即答した。
「そんなの、今すぐ使ってビュン!といこう、ビュンと!」
「そうだね。距離に少しバラつきはあるけど、山登りでかなり疲れちゃったし、車で休みながら行けるところまで行って、後で合流するのがいいかも」とつみきも同意する。
「つみきちゃんと私は3km差しかないから、私が頑張ってすぐ追いつくよ!」
「くじらちゃんは頑張りすぎに注意だからね!もう、倒れたらシャレにならないんだから」とつみきちゃんがあかりにくぎを刺す。
「はい、気をつけます」とあかりはつみきちゃんに敬礼をして答えた。
「なんだかんだ、今日の宿で合流できそうだね」とヨウヘイ。
「そうだね!」
そうして、3人はいいねの距離短縮を申請した。それぞれ、105km地点からヨウヘイ52km、つみき35km、あかり32km、スキップ車に乗っていくいくことができる。
*
スキップ車の車内。車内はクーラーが効いていて、ドリンクや補給食、マッサージ機などが揃っている。
ヨウヘイ「いや~ 快適、快適」
つみき「この距離短縮は大きいね。これでぐっとゴールが近づいた」
あかり「最初に坂道を見上げたときは、登りきれるのか不安だったんだけど…」
ヨウヘイ「俺も」
つみき「わたしも」
あかり「まさかこんなふうに乗り越えられるなんて思わなかった」
ヨウヘイ「俺なんてちょっとリタイヤがちらついたからね」
つみき「そうなの!?笑」
3人が気分を良くしてワイワイと話していると、何気なくiPhoneをいじっていたヨウヘイが突然「えぇ!?」と大声をあげる。
つみき「なに、ヨウヘイくん、うるさい~」
ヨウヘイ「お、俺たちバンドのボーカルが歌ったリールもバズって…じゅ、10万いいね…!!」
あかり&つみき「えぇ!?10万いいね!?」
あかり「ていうことは100kmの距離短縮!?」
コク、と頷くヨウヘイ。
つみき「ってことは…」
ヨウヘイ「俺、もうこのままゴールみたい…」
3人で顔を見合わせる。ヨウヘイでさえ、あっけにとられた顔をしている。
唐突なゴールの知らせに、少しだけ変な空気が流れた。
あかりは「す、すごいね...おめでとう!!」とヨウヘイのゴールを祝福する。
この一瞬でゴールを決めたヨウヘイと、まだ60km以上残っているあかりとつみき。流石のヨウヘイも、2人を前にして手放しに喜ぶことはしなかった。
「あ、ありがと...。なんか、ちょっと抜け駆けみたいになっちゃったけど...。でも、絶対、次のステージで会おうな!」
「当たり前だよ!わたしもくじらちゃんも、絶対、ゴールしてやるんだから」
「うん!八王子で待ってて」「ちなみに、10万いいねの歌って...」
あかりはどんな動画を出すとそんなにバズれるのかと思い、ヨウヘイに聞いてみる。
「どんなの?聴かせてよ!」
つみきも興味があるようだった。
ヨウヘイはiPhoneを2人の目の前に差し出した。
良く晴れた青空の下で、青のカケラのボーカル、ホノカが歌う。
圧倒的な歌唱力。声量もさることながら、突き抜けた、カラフルな声色。
あかりはハッとして、チラッとつみきの方を見る。つみきも衝撃を受けているようだった。
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(3人で山道を歩いているときの回想)
「みんなは書類審査のカバー曲なに歌った?」とつみきが2人に問いかける。
「私は...LANYのsomewhere」
「あれ?2曲...?」あかりは疑問に思う。
「あぁ、俺たちオリジナルがまだなくて。オリジナルがない人はカバー曲2曲って書いてあったから」
「そうなんだ!リョクシャカってことはヨウヘイくんのバンドは女性ボーカルなんだ?」
「そうだよ!」
「つみきちゃんは何歌ったの?」
「わたしはあいみょんのマリーゴールド!」
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そのとき、あかりは、リョクシャカで勝負するって相当歌が上手いボーカルがいるんだろうなと思った。だが、まさか、このレベルのボーカルがいるとは。オリジナル曲なしで書類審査をパスしているのも納得だ、と思った。
あかりは改めてこれが音楽のオーディションであることを思い出した。そして、自分たちが競わなければならないのは、このような天才たちなのだと実感した。
青のカケラ ホノカの歌が終わる。あかりは思わず拍手をしていた。ヨウヘイは少し照れくさそうにしている。
3人は少し静かになり、あかりは窓の外をぼうっと見つめた。
「くじらNo.1972さん~、まもなく32km分走り終えます」と運転手が静かに言った。
運転手の一言で、あかりは帽子を被り直し、「じゃ...!!つみきちゃんはまたあとで!ヨウヘイくんも、八王子の合宿所で会おう!」と言って、スキップで車を降りていった。
*
「また一人になっちゃったなあ...」と呟きながら、あかりはゆっくりと歩を進める。山登りの時からだんだん膝の痛みが大きくなってきている。「なんとか、明日のゴールまで...」
歯を食いしばって歩いていると、見覚えのある後ろ姿が見えた。小さな背中に、サラサラの黒髪ストレート。追いつくにはもう少し時間がかかると思っていたが、思ったよりも早くつみきちゃんに追いつくことができた。つみきちゃんもだいぶペースが落ちているのだろう。
「つみきちゃ~~ん!!」とあかりは大声で呼びかける。駆け寄りたい気持ちはあるが、もうそんな力はあかりに残っていない。
つみきちゃんは振り返り、あかりを見つけると、「くじらちゃん~!」と手を振って待っていてくれた。あかりがつみきちゃんに追いつく。
「今度はすぐ合流できた!」とあかり。
「うん!でもまさか、ヨウヘイくんに抜け駆けされるとは...」
「ハハ」と苦笑いしながらあかりが言う。「あそこで10万いいねの一撃がくるとはね」
「ね」
「でも、こういう夢を追ってると......」
つみきはCOLLAR48のセンターが人気アーティストとコラボしたステージを思い出す。
あかりも1日目、どんなに歩いても、スマホの中で笑顔で踊るゆい姉に勝てないと思った夜を思い出す。
2人はなんとも言えない気持ちを共有したように、「そういうことってあるよね」と顔を見合わせ頷いた。
そして、あかりは「でも、このステージは私たちも走り切ったらゴールできるよね!」と力強く言った。
つみきも「うん、歩こう、一歩ずつ」
「私たちが諦めない限り、絶対にゴールできる」と足を前に踏み出す。
夢は勝手に消えていかない。諦めるのはいつも自分だ。
2人は日が暮れるまで、一歩ずつ、一歩ずつ歩き続け、3日目の午後18:00、150km地点の宿に到着した。