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第17話 今できることを全力で

 シャワーの水音がザーッと響く中、あかりは頭の中に配られた白紙のセット図を思い浮かべていた。そして、移動中のバンドたちが「全曲オリジナルで攻めよう」と話していたこと、そして、つみきが「25分のライブなら5、6曲かな」と言っていたことが脳裏に浮かんでくる。なにもかも初めてのことだらけで、ちゃんとライブができるのか、どんどん焦りが湧いてくる。

 「大丈夫、ひとつひとつ、やっていけばいい」
  あかりはそう自分に言い聞かせながら、顔にかかった水をパッと払う。あかりの手のひらにあった傷は確実に薄くなっていた。

 この合宿所は個室制である。あかりは第1ステージの説明を受けたあと、「じゃあ!次のステージも頑張ろうね!」とつみきちゃんと部屋の前で別れていた。

 つみきちゃんとはBLUE STAGEというオーディションで、たった一つの席を競うライバル同士だ。つみきちゃんに迷惑はかけられない、ちゃんと1人で頑張らないと、とあかりは思った。

 シャワーを終えたあかりは着替え、配られたセット図とセットリストの用紙を手に、一階のエントランスホールに向かった。エントランスホールには、エナジードリンクやミネラルウォーターを手に雑談している参加者たちで賑わっている。

 あかりも冷蔵庫からエナジードリンクを手に取り、空いている席を探していると、近くのバンドマンたちの会話が耳に入ってきた。

「KamiUra.が脱落してたのは予想外だったよな」
「なー、このオーデでKamiUra.を落とすなんてまじかと思ったけど、ぶっちゃっけラッキーだよ」「メインステージのトップバッターなんて、聞いたこともないコピーバンドだぜ?」
「ハハハハハ」
「いや、マジで気に食わねぇ。今回のステージでレベルの差を分からせてやろうぜ」

 あかりはそそくさとその場を立ちさり、彼らから離れた。すでに参加者同士の間にも緊張感が漂いはじめている。

 やっと空いている席を見つけ、あかりはセット図に向き合った。出演日時やアーティスト名を埋めていくが、セット図の記入に頭を抱えてしまう。

「セット図とは」 あかりはiPhoneで検索を始めた。

セット図とは、ステージ上でどのように機材を配置するかを示した図です。ライブハウスのスタッフは、このセット図を元にアンプの移動やマイクのセッティングを行いますので、かなり重要なものです。いい加減に書いてしまうと、リハーサルや本番がスムーズに行えなくなってしまいますので、きちんと書きましょう。

https://www.teesmusicschool.com/blog/blog-975/

「いい加減に書いたら本番がうまくいかなくなる…」この説明を読み、あかりはすぅっと肝が冷えていくのを感じた。

 あかりは、そのページに乗っていたセット図の記入例を参考にして、セット図の書き方を理解しようとしたが、分からない単語だらけだ。

「Baはベースだろうけど、JC?」
「JC…女子中学生?」

あかりは再び検索窓に「JC」と打ち込んだ。

青年会議所

──違うな。

次に「JC 音楽」と入れてみる。

JCとかマーシャルって何?ギタリストが解説!
JCとはローランド社のとてもメジャーなアンプの名称です。どのスタジオにもライブハウスにもほぼ必ず置いてあります。そして、Marshallも見たことがある人が多いかもしれません。ロックンローラーが大好きなパワーのある音が自慢のアンプです。

https://glaylife.com/archives/235

 JCやMarshallはアンプの名前だったのか、とあかりは納得した。しかし、今度は「モニター」という言葉が引っかかる。

「モニター 音楽」「モニター バンド」「モニターライブハウス」と次々と検索していくうちに、ようやくその意味を理解した。

ライブハウスで言うところの「モニター」とは、足元に置いてあったりステージ脇に立てられているスピーカーのことで、「コロガシ」とも呼ばれています。ここから各パートの音をPAエンジニアに返してもらい、演奏しやすい環境を作ります。

 確かにミュージシャンの足元にはスピーカーが置いてあった。これがモニターと呼ばれるものなのか。パソコンの前で歌うのとステージで歌うのでは全然違うのかもしれない。モニターの位置や要望はどう書けばいいのか、あかりは頭を抱えた。

 先ほどのバンドマンたちの会話を思い出してしまう。

「トップバッターなんて聞いたこともないコピーバンドだぜ?」
「今回のステージでレベルの差を分からせてやろうぜ」

 レベルの差…。本当に私は今回のステージで自分の未熟さを露呈してしまうだけなんじゃないか…。

 そこにちょうど、ヨウヘイくんがバンドメンバー分のエナジードリンクを取りに来た。ヨウヘイはあかりの姿を見つけて思わず

「あっ!くじらちゃん~!!」と手をあげる。手を挙げた瞬間、持っていたエナジードリンクがガシャガシャと音を立ててヨウヘイの手から転がり落ちた。

「ヨウヘイくん、派手にぶちまけたねー」とあかりは足元に転がってきたエナジードリンクを拾ってひとまず机の上に置く。

「ごめん、ごめん!やっと会えたから思わず笑」
「たしかに、ヨウヘイくんのゴールが決まってそれっきりだったね」
「つみきちゃんとくじらちゃんは無事にゴールできたかな?って心配してたんだよ」
「ギリギリだったけど、なんとかゴールできました✌」
「おぅ!200kmマラソンの順位がばばばばっって出たときに2人の名前見つけてホッとしたよ」
「ヨウヘイくんたちは3位だったんだよね?しかもBLUE STAGEのトップバッター!!」
「そう、もうずっとスタジオにこもってガチ練中だよ。くじらちゃんは…今、セトリ考えてるの?」
「うん…セトリというか……セット図?の書き方からちょっと……。私今までライブとか出たことなくて、分かんないことだらけで」と困り顔で笑う。

 ヨウヘイはどれどれ、とあかりの書いたセット図を見る。

 ポツンと書かれたkey.(キーボード)と調べて書いたマイクの記号。

「これで……いいかな?」
「お、おぅ…。まあ、一人だとこう…なるの……かな?」

 顔を見合わせて首をかしげる2人。

「ごめん、俺も書き方知ってたら教えてあげたいんだけど、全然分かんないわ」一人だと大変だねーと言いながら、「こういうのはつみきちゃんに聞いたらいいんじゃない?」とヨウヘイくんが言う。

「まあ、そうなんだけどね…」あかりは気まずそうに前髪を触った。

 その微妙な様子に、ヨウヘイくんは「ん? つみきちゃんとケンカでもしたのかな?」と疑問に思った。

「ま、実は俺らもそんなライブとかしたことないんだよね。なのに一番デカいステージのトップバッターなんか取っちゃって。ぶっちゃけすげぇ怖いよ」

 いつもニコニコしているヨウヘイくんが真顔で怖い、と言う。

「俺たちオリジナル曲もないコピーバンドで1時間のステージやるんだぜ?しかもトップバッター」
「正直周りからの視線もかなり厳しい感じするし…」

<そうか、さっきのバンドの人たちはヨウヘイくんところのこと言ってたんだ…。それに、メインステージのトップバッターなんていいなあとしか思わなかったけど、私の倍以上の曲を準備してステージに経つんだ…>

「私は25分でパニックなのに。1時間のステージって大変でしょ」

「ほんとに!!でも、ここに来て、最高の環境と最高のチャンスがあるのに、挑戦しないと何しに来たんだって感じだからさ。俺たちが今できること、全力でやるしかないよなって」

 その時、ヨウヘイくんのiPhoneが鳴った。

「ちょっとーヨウヘイ、どこで何してるの?」
「やべっ! 戻らないとメンバーに怒られる! じゃあね、くじらちゃん! お互い頑張ろう!」

 ヨウヘイくんは慌てて去っていき、エナジードリンクはそのまま机に忘れていった。あかりは残されたエナジードリンクを見ながら、ヨウヘイくんの言葉を思い返していた。

「最高の環境とチャンスがあるのに、挑戦しないなんて何しに来たって感じだからさ」
「今俺たちができることを全力でやるしかない」

 あかりはiPhoneを手に取り、つみきちゃんとのLINEのトーク画面を開いた。

「つみきちゃん、おつかれ~🐈
明日ちょっと教えてほしいことあって…」

 翌朝、あかりはつみきちゃんと食堂で待ち合わせをした。一緒に朝ごはんを食べながら、あかりは切り出した。

「練習で忙しいのにごめんね。ちょっと教えてほしいことがあって…」

「もしかしてセット図の書き方…? 昨日、ヨウヘイくんから電話があって、『くじらちゃんと喧嘩してるの?』って聞かれてびっくりしたよ。」

「えぇ?」

「なんか、変な勘違いしてたみたい笑 でも、喧嘩じゃないならくじらちゃんが困ってるから助けてあげてって」

「いや、つみきちゃんも色々忙しいだろうから、時間を取っちゃうのは悪いかなって思って…」

「みずくさいな! 一緒にゴールした仲なのに! うちらライバルだけどさ、協力して行けるところまで一緒に行こうよ! やっぱり、一人って大変だからさ」

 長年、一人で音楽活動をしてきたつみきちゃんだからこそ、一人で活動する大変さを誰よりも感じてきたのかもしれない。

「ヨウヘイくんなんて、昨日30分以上ペラペラ喋ってたからね。わたしもう寝たかったのに!」時間とられまくりっ!とつみきちゃんは笑う。

 朝ごはんを食べ終え、2人はお盆を片付けた。あかりは昨晩、試行錯誤したセット図とセットリストをつみきちゃんに見せた。「……これで、いいのかな?」


「うん、うん。全然、書けてるじゃん!」

「このモニターへの要望っていうのは、なんて書けばいいのかな?」

「バンドの人たちは、沢山の音が鳴っている中で自分の音が聞きやすいように色々書いたりするけど、うちらみたいなソロは書かなくても。たまに返しにリバーブかけてくださいとか言う人もいるけど、わたしも何も書いてないよ」

「そうなんだ! モニターの位置はこれでいいのかな…?」

「ん~、いいと思うけど、一応、キーボードで弾き語りやってる子に聞いてみるね。」つみきちゃんはあかりのセット図をiPhoneで撮影し、友達にLINEを送った。

「で、セットリストは…」

 つみきちゃんの助言により、あかりの自信のなかった気持ちが解放されていくようだった。つみきちゃんに聞いてみて良かったと心から思った。

 2人はお互いのセットリストについて、「こっちの方がいいかも」「ここで1曲メジャーな曲を入れるとか」「夏っぽい曲とか…!」など、意見を出し合い、盛り上がっていった。

「つみきちゃん、ファイト!歌わないの?」
「え?」
「私がつみきちゃんを見つけたの、路上でファイト!を歌っている動画だったんだけど、すごい感動したんだよね。つみきちゃんが小っちゃい体で、力強く歌ってるのがさ」
「えぇ~?」
「歌詞もすごくつみきちゃんっぽいと思うんだよね。恋の歌もつみきちゃんっぽくていいけど、つみきちゃんの持ってるど根性!って感じも絶対出した方がいいと思って」
「そうかなあ~?」と言いながらつみきちゃんは「くじらちゃんが言うなら」と今流行っている片想いソングからを消し、「ファイト!」と書き換えていた。

 そうして、あかりは無事にセット図とセットリストを完成し、期日内に提出できた。二人は、BLUE FES当日まで、練習をみあい、意見を出し合い、練習を重ねた。

 そしてついに、BLUE FES当日……!!

 

 

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