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第12話 雨宿り

 4日目の朝9:00

「えぇっ?KamiUra.が脱落ってどういうことですか?」プロモーターの安藤まさるの大きな声が響く。

 ディレクター弦田広大は「いやぁ、昨日の山でリタイヤしたみたいですよ」と答えた。

「そんな…彼の歌すら審査せずに落とすなんて。やっぱりこのオーディション失敗だったんじゃ…」

 そこに冴島アキラが現れ、「何か問題でもあったかね?」と尋ねる。

 安藤は焦りながら、「いやっ、問題というか、その…。30年に一度の天才、KaumiUra.が脱落したんですよ!!」と訴えた。

 冴島アキラは冷静に、「ほ~。彼、脱落しちゃいましたか。まあ残念ではありますが、うちの事務所に入るのは早かった。それだけのことでしょう」と答える。

 安藤は憤りを隠せず、「それだけのことって…彼のっ!中学生ながら大ヒット曲の作詞作曲、アートワークまでこなす才能…。彼を放っておいていいんですか!!」と嚙みつく。

 冴島は安藤をなだめるように、「まあ彼の才能は僕も認めています。でも人間、才能だけで食っていくことはできませんから。この世界にいると、『おぉ、この子は天才だ』っていう子に稀に出会うんですけどね。少し、様子を見ていると、リリースした曲が前作を下回ると、そのまま沈んでいってしまったり。バンドであれば、少しのほころびから仲間割れをして解散、脱退になってしまったり。才能があっても自ら沈んでいく子は結構多いんですよ。そういう中で、長く第一戦にいる人は抜群にメンタルコントロールが上手いですね」と言う。

 安藤は「メンタルコントロール?」と疑問符を浮かべる。

 冴島は頷き、「はい。単に気持ちが強いとか、弱いとかって根性論じゃなくて。折れない強さ、みたいなもんですかね。今回の200kmマラソンでは体力と同時に、200kmという途方もない道のりを参加者がどう乗り越えるか、というのも見たかったんです。KamiUra.くんも3日目まで頑張ったということは、かなりのやる気を持ってこのオーディションに挑んでくれたんでしょう。でも、3日目でリタイヤとは…少々若すぎましたかね。がむしゃらなだけではいつか潰れてしまいます」と続けた。

 まだKamiUra.に未練がある様子の安藤を残し、冴島は「えぇっと、今の順位はどうなってます?」と問いかけると、アシスタントは即座に冴島のタブレットにデータを送った。

 冴島は順位を確認し、「ほ~。もうゴールしているアーティストが3組、ですか」と目を細める。「そして今、残っているのが…」順位を最後までスクロールする。

 そこでチラッとタブレットに映るくじらNo.1972、86位タイ、千種つみき86位タイ。

「92組…。結構残りましたね」

 弦田は頷き、「はい。私ももう少し絞られるかと思いましたが、みな、このオーディションにかける想いは相当なようです」と答える。

 冴島は「92組のうち何組がゴールまでたどり着けるか…。これは次のステージが盛り上がりそうですね」と不敵な笑みを浮かべ、どこかへ消えていった。

 冴島が去ると、安藤は「弦田さあん!メンタルコントロールって…メンタルコントロールってなんなんすかあ…」と愚痴を漏らしている。

 安藤は続けて、「弦田さんの推しはまだ残ってるんすか?平均年齢38歳のロックバンド」

「推しって…」と苦笑いしつつ、弦田は答える。「あぁ、THE PRIDEは残ってるよ。順位はずいぶん落ちちまったが、相変わらずしぶとく走ってるねぇ。彼らのTwitter、3日目になってもいいねが全然つかなくて。」と苦笑いしながら、いいねが14とか23とかついたTwitterを見せる。

「それでここまで残ってるのもすごいっすね」

 弦田は肩をすくめ、「まあおっさんにSNSでバズれって言われても難しいだろうね」と笑う。

 安藤はTHE PRIDEの素っ気ないTwitterを見ながら(SNSの使い方が絶望的に下手すぎる…これは売れないだろ)と心の中で思う。

 4日目の朝6:00

 あかりとつみきは150km地点の神奈川県東山北駅付近から歩き始めた。静かな街の中、2人の足音だけが響く。

つみきは少し緊張した表情で、「今日が最終日だね」と言う。

「うん、残り56km。結構ギリギリかもね」

「ここまで来たんだもん。絶対にゴールしよう!」

「うん」

「わたしは何があってもゴールするよ」そう宣言したつみきちゃんの顔は頼もしくもあり、少し怖く見えた。

 あかりとつみきは秦野市の街並みを通り抜ける。秦野市は、豊かな自然に囲まれた美しい場所だが、2人の目にはもはや目の前のアスファルトしか映っていなかった。

 2人は黙々と歩き続ける。

 170km地点を過ぎた頃、空が曇り始め、ぽつぽつと雨が降り始めた。2人は伊勢原大神宮付近に差し掛かり、緩やかな坂道を上っていた。

 最初はぽつぽつと降り始めた雨が、次第に勢いを増し、どしゃ降りの雨へと変わっていった。冷たい雨粒が容赦なく二人の身体を打ちつける。

「うわあ、結構強くなってきた」とあかりが言った声も、雨音にかき消されつみきちゃんには届かなかった。靴の中に水が染み込み、ぐちょぐちょと不快な音を立てるたびに、足元から体力が削られていくのがわかる。

「ちょっと…次の休憩所を見つけたら雨宿りしようか?」あかりは大声を出してつみきに声を掛ける。

「でも…雨が止むまで待っていたら、ゴールに間に合わなくなるかもしれない!」
「これくらいなら大丈夫だよ!!」つみきの顔は鬼気迫る顔だった。

 あかりはつみきの迫力に押されて、「そ、そうだね」とそのまま歩き続ける。

 前方から走ってきた車が、大きな水たまりを勢いよく通り抜けると、水がぶわっと跳ね上がり、二人に降りかかる。冷たい水とともに、泥も一緒に飛び散り、二人はずぶ濡れになった。どぶの匂いが鼻をつき、不快感が一層増す。

 雨は止む気配を見せず、どんどん強くなっていく。雷までゴロゴロと鳴り始めた。不安そうに空を見つめるあかり。

 そして、雷はピカッと光り、「バリバリ」『ドーン!』と大きな音を立て、そう遠くない場所に落ちた。

 つみきはあまりに迫力のある雷の音に驚いて「キャッ!」と声を上げた。

 そこで流石に危ないと思ったのか、つみきは「ごめん…、流石に雨宿りした方が良さそうだね」と言って、あかりは頷いた。

 二人は次の休憩所を目指し、雨宿りをすることに決めた。だが、その休憩所もなかなか見えてこない。

 やっとの思いで180km地点の簡易テントについた2人。しばし、雨の行方を無言で見守る。待つ時間は一層長く感じられた。

「思わず焦っちゃって…ごめんね」

「ううん、焦る気持ち、わかるからー」

 つみきがテントから滴る雨を見ながら「わたし、今年がラストチャンスなんだよね」とぽつりと呟いた。

「ラストチャンス?」

「今年中に、音楽活動に芽が出なかったら就職するって、親と約束してて」

「そうだったんだ。。」あかりはつみきちゃんが時折見せてきた鬼気迫る表情に「だから…」と少し納得した。と同時に、いつも自由に、楽しそうに音楽活動しているように見えるつみきちゃんでも音楽を続けていくのは難しいんだな、と思った。こういう子は、親から全面的に認めてもらって好きなことをしているのかと思っていた。

「くじらちゃんの親は音楽の道、進むの応援してくれてる?」

 親の話題を出され、あかりの手の平が久しぶりにずきんと痛む。

 あかりはううん、と頭を横に振り、「実は言ってないんだよね」と答える。

「言ってない…?」

「音楽、やってることも。オーディションに出たことも」

「え!」「じゃあ、もし合格したら…?」

「それは…その時になってみないと分からないけど…。うちは母親の定規で測れないものは全部ダメだから。漫画も、バラエティーも、ゲームも、ミニスカートも、お泊りも、全部禁止。だから、ミュージシャンを目指すなんてもってのほかだと思う」とあかりは少し悲しげに笑った。

 つみきは教師一家の家庭で育ち、自分の家は他の友達に比べて厳しすぎる、と思うことはあったが、くじらちゃんの家はそれ以上だと思った。それにくじらちゃんはそんな堅苦しい感じの人でもないから、そんな厳しい家庭で育ったなんて意外だと思った。

「全部だめだめだめだめって言われて育って。今まで母親の言う通りにちゃんと生きてきたんだけどさ。でも、ある時、私誰のために生きてるんだろうって思っちゃって」「私のやりたい事もやらずに生きる私の人生って何?って」「そう思ったら衝動的に、会社も辞めて、親に内緒でオーディションに応募しちゃったんだよね」と笑うあかり。

「そうだったんだ。。」つみきはくじらちゃんも色んな想いがあってこのオーディションを受けているんだな、と思った。そして、「いいじゃん!やっぱ、自分の人生を生きないとね!」と親指を立てた。

 あかりはこんな風に自分の内側を話すつもりはなかったが、疲れすぎて、思わず話してしまったことを喋ってすぐ後悔した。が、つみきちゃんが明るく肯定してくれて、なんだかすごく心がホッとした。私はずっと、こうして誰かに本音を話したかったのかもしれない。

「わたしの家もお母さんが国語の先生だから、漫画読むなら本を読めって言われてきたなあ」

「そうなんだ!つみきちゃんは小さい頃はどんなの本読んでたの?」

「言っても知らないかもしれないけど…松原秀行のパスワードシリーズとか」

「ええ!それ、わたしも大好き!」「QED.でしょ?」

「そうそう!!QED.証明終了」

「懐かしい~!!」

 とりとめのない話しをしていると、やがて雨がやんで空が明るくなった。

「晴れた…!!」つみきは思いっきり腕を伸ばして伸びをする。
 あかりも痛む膝を念じるように撫で、「よし、ラストスパート!あと26km…!!」と立ち上がった。

 いよいよ、時刻は午後17:00。制限時間まであと1時間を切ったところで、ようやく200㎞地点を指す看板が見えた。

 あかりは「ねえ、つみきちゃん。私たち、よくここまで歩いてきたよね」と話しかける。

「本当に。こんなところまで歩いてくるなんてね」

「次のステージはなんだろう?」ぼんやりとした目であかりは話す。

 二人は初日に冴島アキラが話していた「次のステージの課題はゴールをした者から順に知ることができます」という言葉を思い浮かべた。

「八王子にたどり着いたら、『次はバイク300kmです!』とか言われたらどうする?」「トライアスロンみたいに」

「いやいやいや、もう絶対にむり。死んじゃうよ」

「って言いつつ、つみきちゃんは課題が発表されたら『わたし絶対諦めない』って言うんじゃない?」

「いや、まあ、そうだけどさあ。流石に歌いたいよね。ほんと、このままじゃ、なんの審査なんだか」

あかりは「ほんと、そう」と笑いながら「たまに今自分がどこで何してるか分からなくなるもん。何でこんな思いをして歩いてるんだろうって」と言う。

「わたしもそう。ひとりでは200kmは歩けなかったかも」

「うん。ほんと…つみきちゃんがいてくれてよかった。ありがとね」

「い、いま?それはゴールした時に言う台詞じゃん!」

 この時あかりの視界は狭まり、周囲の景色がゆがんで見えていた。意識がもうろうとし、現実と夢の境目が曖昧になっていた。

 制限時間1時間を切って、ゴールまで残り6km。2人の歩くペースは、もはや時速4kmほどになっていた。このままのペースでいくと間に合わない。

 2人は果たして制限時間内にゴールすることができるかー。

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