第3話 第0ステージの試験内容
イコパアリーナに到着したあかりとつみき。建物を目の前にすると、以前来た時には感じなかった大きさを感じる。中に入ると、ロビーには参加者受付があり、既に行列ができていた。あかりとつみきはあまりの人の多さに顔を見合わせた。
「なんかすごい人だね」とつみきが言う。
「書類審査が通ったって喜んでいたけど、まだまだ道のりは長そう」とあかりは苦笑いを浮かべる。
二人は列に並び、つみきとあかりの受付の順番がやってきた。
「受験番号009345千種つみきですっ!」とつみきが元気よく言う。
「はい。では昨日メールでお送りしたQRコードをこちらにかざしてください」
つみきがスマホを機械にかざすと、特別な機械がウィーンと動き出し、「千種つみき」とデカデカと印刷された布製のゼッケンが出てきた。
受付の人は、ゼッケンとホチキス止めされた書類をつみきに手渡した。「こちらは本オーディションの注意事項や、参加同意書です。参加同意書は後ほど集めます。注意事項やこれからある説明をよく聞いて、同意書にご記入ください。ではゼッケンをつけてご入場ください」
つみきの受付の様子を見ていたあかりも、同じように受付を済ませた。
二人はアリーナに入る前に渡されたゼッケンを身につける。
「なんか、運動会みたい」とつみきが笑う。
「ほんとだね」とあかりも笑いながら、「あれ、これなんだろう…?」とゼッケンのすみっこに埋め込まれた小さなICチップを指差す。
「なにこれ…」つみきはシルバーのICチップを人差し指でつんつんする。
二人は不安そうに顔を見合わせる。私たちはこれからどんな審査を受けるのだろう。
「まあでも、ここまで来たからにはわたしは何だってやるよ」つみきは今までに見せたことのない真剣な顔で言った。
あかりも同じ気持ちだった。二人は頷きあって、少し重たいドアを開けて会場の中に入った。
会場内にはすでに300人近い人がいた。いくつかのグループで話している人もいれば、ひとりでいる人もいる。会場の前方には巨大スクリーンとステージが設置されており、スクリーンには「BLUE STAGE」というロゴが浮遊している。ステージ上にはスタンドマイクが1本置かれているだけ。
「あ、あの人。TikTokで見たことある」つみきはやけにセクシーな格好をしている女性を見て、あかりに小声で伝える。
あかりも「あの子は子役の…はなちゃんじゃない?」とつみきに耳打ちする。
海外からの参加者、アイドル、ヴィジュアル系バンドグループなど、色んな人がいた。皆のアーティスト然とした姿に、あかりは気後れしてしまう。あかりだって、今日のためにデパートで買った服を着てきた。だけど、なんだか自分だけ一般人が間違えて会場に入ってしまったように思えた。
そんな時、つみきが「ねえ!KamiUra.がいる!」と強めにあかりの肩叩いた。
「えっ!?」
KamiUra.は最近、TikTokで人気音源を連発している正体不明のアーティストだった。あかりと同じく顔出しをしていなかったので、顔を見ても本人かどうかは分からないが、ゼッケンがKamiUra.ならあれがKamiUra.なのだろう。
「……中学生くらいかな?」つみきが言うと
「かなり若いね」とあかりが答える。衝撃的だった。KamiUra.は自身で作詞作曲をするだけでなく、作品のアートワークまで一人でやっているはずだ。そんな天才があんなに若かったなんて。
KamiUra.はひとりでスマホをいじっていた。黒髪マッシュのヘアスタイルに、全身黒の服装、首にはAirPods Maxをぶら下げている。イメージ通りのお洒落な雰囲気はあるが、まだまだ体格と顔立ちには幼さを感じた。
「KamiUra.まで参加してるんだ…」
あかりは、冴島アキラがニュース記事で語っていた「完成されたアーティストでなくても、私どもが用意した最高の音楽環境で磨かれていく原石を見つけたいと思っています。」という言葉に少しの希望を持っていた。こんな自分でも、もしかしたら歌手になれるのかもしれないと夢を見ていた。
しかし、ここに来て自信を失い始めていた。自分は取るに足らない存在で、周りを見渡すと、自分よりも遥かに才能や個性のある人ばかりに見えた。
会場内がざわざわと話し声に包まれていると、突然、会場が暗くなった。
雄大なBGMが流れ、前方の巨大スクリーンにギターを持った見知らぬ男性が映し出される。次に、知らないバンドがスタジオで歌っている動画が流れ出す。これらはおそらく応募者の動画なのだろう。動画はどんどん増え、瞬く間に巨大スクリーンを埋め尽くした。
「応募総数15万。その頂に立つアーティストはー」テロップが映し出される。
BGMのテンポはオーディション参加者を煽るように速くなる。
ステージのライトが一斉につき、一人の男性が歩いてきた。男はスタンドマイクの前に立つと、顔を上げ、スポットライトを浴びる。
「みなさん、はじめまして。BLUE STAGE総括プロデューサー、冴島アキラです」
「今回はBLUE STAGEオーディションにご応募いただきありがとうございます。みなさんは世界中の応募者の中から選ばれた300組、合計1024名のアーティストです!」冴島の声にざわめきが起こる。
「まず、はじめに言っておくと、このBLUE STAGEオーディションは、単なる歌唱力勝負でも、楽曲勝負でもありません。僕は、長年この業界を見てきたんですけどね、例えば、容姿もよくて、圧倒的な歌唱力をもっているAという人がいて。こりゃあいけるぞ、ってAさんを大プッシュするんですけど、何故だかAさんよりも歌唱力や容姿の劣っているBさんの方が長く売れるっていう現象が起きるんです。どうしてだと思いますか?」
「ひとはねえ。結構ひとを見てるんですよ。音楽、だけでは評価できないことがいっぱいあるんです。
特に今は音楽も無料で聴ける時代になってきました。音楽だけを消費されると、アーティストは食っていけなくなります。“ファンを獲得できるアーティストか?”というのは今回、私たちが一番重視するポイントです。」
「ですので、今回のオーデイションでは視聴者投票システムを導入します。」視聴者投票って?人気投票みたいなこと?そんなの知名度ゲーじゃねぇか!不安になった参加者が口々に喋りだす。
「もちろん、我々プロの審査員票もあります。無料のオンライン視聴者投票と審査員票。50:50の割合で、合算された票数によって、次のステージに進めるかどうかが決まってきます。ステージを終えると、投票を行い、その度に脱落者が出ます。そして、最後に残った1組のアーティストこそが栄えあるBLUE STAGEの優勝者です。」
「が。まだ300組もいる段階では、視聴者は誰を応援したらいいか分かりません」
「そこで、我々が第0ステージとして用意した課題はー
200kmマラソンです」