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第14話 夢のような場所

 あかりやつみき、ゆい姉、最後にゴールした一行が感動に浸っていると、石原と名乗る男性が現れた。

「私はこの合宿施設の雑務などを任されているものです」「みなさんに施設をご案内します」

 石原を先頭に200kmマラソンのゴールゲートとなっていた門の先に進む。

 門をくぐった先には広大な庭が広がっていた。庭にはベンチやハンモックが点在し、穏やかな雰囲気が漂っている。そして、庭を歩いていくと目の前には真っ白な四角い建物がそびえ立つ。この1ヵ月半、夢見ていた場所だ。<ここでどんな世界が広がるのだろう…!>あかりは期待を胸にいざ、建物の中に足を踏み入れた。

 建物の中に入って、あかりは「わあ~!」と目を輝かせた。膝の痛みも忘れ、周囲を見回す。広いエントランスホールは吹き抜けとなっており、白を基調にした内装と観葉植物のグリーンが配置された居心地の良い空間だった。4-5人掛けの円形のテーブルや、八の字を描いたソファーなどセンスのいい家具が余裕をもって配置されている。

 既に円形のテーブルを囲んで話し込んでいるグループや、ソファーでギターを弾く人、コーヒー片手にスマホを触っている人がいた。既にゴールをした参加者が自由に過ごしているらしい。

 石原は「ここは自由に過ごしていただける憩いの場です」と言いながらエントランスホールを進んでいく。中央には円形のカウンターが設置されており、最新鋭のコーヒーマシンやエナジードリンク、ミネラルウォーター、ジュースなどが入った冷蔵庫、お菓子やフルーツが並んでいた。

「こういったコーヒーやドリンク、お菓子は自由に食べていただいて構いません」と石原が説明すると、既に冷蔵庫からエナジードリンクに手を伸ばしている男性が「無料ってこと?」と尋ねた。

「はい」と石原はにっこり答えた。ゆい姉はさっきから観光客のように至る所で写真を撮りまくっている。あかりは<本当に夢のような施設だな>と思う。

 次に石原は「こちらが食堂です」と右手側に手のひらを向けた。現在の時刻は18:30分。お皿を持って列をなしている人たちが見えた。

「食事はビュッフェスタイルになっています。朝は6時~9時、昼は11~13時、夜は18:00~21:00の時間に空いていますので、時間内にご利用ください」

 色鮮やかなサラダバーや大皿が並んでいる。一同は「おぉ~」と目を輝かせる。

「最高じゃん」
「俺の普段の生活より100倍いい!」

 続いて石原は「では2階をご案内します。今日はこの階段…ではなく、今回は奥のエレベーターを使いましょう」と、200kmマラソンを終えた参加者を気遣って、目の前にある階段ではなく、エレベーターの方へ向かった。「2階には3つの教室とレッスン室があります。ここで作曲について学んだり、ボイトレを受けることになります」と石原が説明した。

 今回のオーディションのために作られたというこの合宿所はどこもとても綺麗で、まだ、誰も使っていないような一つの汚れも乱れもない教室をみて、あかりは深呼吸する。<まだ新品の匂いがする><ここでどんな授業を受けられるのだろう!>あかりはワクワクが止まらなかった。

 3階に移動した一同。

「3階にはスタジオや作曲ブースがあります」

 ドアがずらりと並び、石原が「スタジオ①」というドアをコンコンとノックして開けると、鏡貼りの部屋で練習に励むジャージ姿の女の子がいた。石原は「すみません、今到着した方たちに施設の紹介をしておりまして」と女の子に断りを入れると、女の子は会釈してまたすぐに踊り出した。あかりはその姿を見て「もう既に次の審査に向けて準備をしているんだ」と緊張感を感じた。

 スタジオ①を出ると、石原は「スタジオや作曲ブースは全て予約制です。みなさんの部屋に施設のルールが書かれた冊子が置いてあるので、そちらで確認してください」と言いながら、スタジオ②、スタジオ③、スタジオ④…と書かれたドアの前を通り過ぎた。スタジオには細長い窓がついていて、中に人がいるかどうかが見えるようになっていた。どのスタジオの中にも人がいて、バンドの練習やダンスの練習をしている人たちの姿が見えた。

 石原は「ここから先は作曲ブースです」と言い、またコンコンとノックしてブースのドアを開けた。3人も入ればぎゅうぎゅうになる狭いスペースで、頭を緑色に染めた男がDAWソフトを立ち上げたPCを前にMIDIコントローラーを操作していた。ヘッドフォンをしている緑色頭の男は、一同が入ってきたことに全く気付いていないほど集中していた。石原は小声で「作曲ブースはこんな感じです」と一行に中を見せた。

 作曲ブースは外から内の様子が見えないようになっていたが、どのブースも使用中の赤いランプが付いていた。

「へ~、ほんとすげー施設!」とキョロキョロしている者もいたが、あかりはつみきに「次の審査って…」と声をひそめて話しかけた。つみきは「少なくともバイク300kmではなさそうだね」と小さな声で答えた。

 4階のジムを見て歩き、お風呂の場所を案内し終えると、石原はチラッと腕時計に目をやった。「5階から先はみなさんの居住スペースになります。あとはー」と言ったところで、館内にアナウンスが流れた。

「先ほど第0ステージが終了し、次のステージに進む全参加者が決まりました。皆様に次のステージの詳細を説明しますので、全員BLUEスタジオにお集まりください」

石原は「ということですので、次はBLUEスタジオにご案内します」と言った。

 石原を先頭に、先ほどの施設を出て少し歩くと、合宿所の敷地内に別の四角い建物が見えた。

「ここがBLUEスタジオです」

 BLUEスタジオの中に入ると、既にステージセットが組まれていた。ステージの下には既に多くの参加者が集まっている。あかりは<まだ300人くらいはいるだろうか…?>と推測する。

 既にゴールをした彼らは綺麗な私服に着替えていて、今ゴールしたばかりの、まだボロボロの自分たちとは対照的だった。そんな自分たちとの違いに少し気後れし、小さくまとまる最後のゴール組。

 ざわざわした中で、ステージ上にあるスタンドマイクに向かってゆっくりと歩いてくる男がいる。みな、その男の姿を見て、自然と静かになる。

 男がマイクの前に立つ頃には完全に静寂が訪れていた。

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