そのままで、いい親だよ
電車でのできごとです
座席に座っている私の横に、
あかちゃんを抱っこした
お母さんが立っていました。
「よかったら座りませんか?」という私に、
そのお母さんは「いいんです。
今まで座ってたんですけど、
この子が泣いちゃって、それで立ったんです」
と話してくれました。
「そうなんですか?」と、私が
抱っこされたあかちゃんに
話しかけるとあかちゃんは
ニッコリ笑いました。
「いつもそうなんです、私を
休ませたくないんですよ、この子」
とお母さんが言いました。
「そうなの・・・お母さんよくやってますね」
と私が言った後に、お母さんは
「お父さんの所にオモチャもらいに行こう」
と言ってその場を去って行きました。
私も初めての子育て中、
電車で出会ったお母さんのように
子どもを泣かせないようにする為に
時間とエネルギーを費やし疲れ果て、
母に「もう駄目かもしれない」と
弱音を吐いたら「好きで親になったんだから、
責任もって頑張りなさい」と
叱られたことを思い出しました。
それからは、正直に言えば
傷つくことになると思い、どんなに辛くても
母には平気を装うことに決めました。
弱音を吐いた私を見て、母は私が
良い母親になれないかも知れないと心配し、
私を励まさなくてはという気持から
言ったのだと思います。
でも、私は励まされるどころか深く傷つきました。
その後、「親の時間」に参加するようになって、
アドバイスや叱咤激励ではなく、
「そのままの私がいいお母さんだ」と
気付くことが、何よりも
大きい力になることを学びました。
でも、「そのままでいいお母さんだよ」と
誰もが言ってもらってはいないので、
そのような励まし方を知りません。
実際私だって「親の時間」以外で
言われたことは、ありません。
それだけ、社会では親に対しての
厳しいプレッシャーがあるのだと思います。
子育てに難しさを感じた時に
「私は本当にいいお母さんだ」と
いう言葉に勇気とパワーを貰い、
自分や子どもを責めないように乗り越えてきました。
母が言ったとおり、私は望んで母親になったけど、
子育てをたった一人で歯をくいしばってやることが
責任を持ったやり方ではないと思います。
私は母親同士が聞きあうことで助け合い、
ありのままの自分を大切にしながら
自分が選択した母親というチャレンジを
どんなときにも楽しみながらやっていくことが、
私なりの責任の取り方であり生き方だと思っています。
としみ