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【小説】魔女の告解室vol,13

前回までのあらすじ
魔女と人が共に暮らす町。
魔女を導き、守る指南役としてリコリスは、法を犯す魔女を裁いていた。
しかし、罪なき子どもや、弱き魔女を虐げる仕事に彼女は耐え切れずにいた。
ある夜、指示された仕事は、人間の男の子の殺害だった。
殺害の瞬間、リコリスの前に、指南役とは独立した指導者、長老が現れ、彼女は仕事から離脱させられる。

第七章 月下美人④

「この件についてはわしが預かることにする。なお、対象となった少年と魔女エレナから、昨夜にまつわる一連の記憶は消去した。実施を任されたリコリスに関しては、隔離しておる」

秋の夜長。すず虫が主旋律を奏で、ミミズクが合の手を打つように、リズムを刻んでいる。締め切った教会にさえ、自然の音楽が優しく響いていた。

「長老様。魔法の隠蔽、魔女への損害を被る事案についての実働は、我ら指南役にお任せになっていたはずです。私、指南役の長、ガザニアは、この度の長老様の行為を明らかな越権行為として、抗議します。並びに、指南役兼執行者として任務に当たっていた、リコリスの身柄を受け取ることをここに希望します」

普段、町民が目にする温和な修道女の頬は、冷徹な白を帯びていた。リコリスを除く三人の指南役は固唾を飲んで、両者のやり取りを見守っている。

「ガザニア。ならば説明するが良い。そなたたちが、処分の対象に選んだ少年は、なぜ教会を覗き込んでいた?」

「少年は貴族セントフィーリア家に仕える使用人の息子です。セントフィーリア家は代々魔女を輩出してきた伝統のある家。少年は、何らかの機会に魔法の存在について知り得たのでしょう。そして、教会……つまり指南役に不満を持つ、家中のものたちが、我々に不始末をもたらそうと、ここ教会に人の子をいざなったに違いありません……それで」

「もうよい。わしは全ての魔法行使を把握しとる。少年に魔法はかけられておらん。そして、先月少年の妹が病に倒れた。軽傷であったのにも拘わらず、治療と安静のためと運び込まれた、ここ教会の地下室にて息を引き取っている。なぜだ?」

「仕方のないことです。人の寿命とは、風が強く吹けば消えてしまうような蠟燭の光のようなもの。我々は最後まで手を尽くた。それだけのこと。そんなことを理解しない人間の少年が、何を思ったか、神聖な教会での魔法行使を見ていたのです」

「そなたが今言うたことは、己の不届きを吐露したのと同然じゃぞ?それに、なぜ殺さなくてはならなかった?記憶を消して済む話。答えよ、ガザニア」

「長老様。少年の後には、最年少の魔女となるエレナがついてきておりました。これは明らかな敵対行為です。エレナを介して、ここ教会、及び指南役、果ては、魔女の中枢機関である図書館への攻撃へと発展しかねる行為でした。記憶を消すだけではもう……」

「子どもとは、素直じゃからのう。何かを感じ取る。エレナは尚更のこと。大人たちの誓約など分からない。いい悪いに純粋な疑問を持つ。わからぬか?もうお主のやり方には限界が来ておるのだということを」

「……」

「ガザニア。お主が魔女を人なくして独立させ、繁栄させようとしておることは分かる。事実、汚れ仕事をこなして、魔女を守ってきたお主あってこその今じゃ。じゃが……お主が救ってきた魔女の裏で、救われなかった側の魔女や人間がどのような思いを抱えて生きているか。想像つかないわけではなかろう」

「甘いのです。長老様。人は醜い。一部の人間がありとあらゆる恩恵を得るために、利用する対象を生み続けている。一人では生きてはいけないなどという詭弁を至上のものとして、犠牲者を育む。限界があると言うならば、人間の世です。私は尊き魔女の世のため。この力を使う限りです」

「ガザニア……。限界はお前じゃよ。手を引け。セントフィーリア家は既に一大組織となっておる。内情は、指南役によって排除されてきた遺族たちじゃ。閉ざされた魔法の世界は、やがて人の世と飽和し、かつてない飽和状態へと進展する。わしらは、然るべき人材に己の任を継承すべきなのじゃ」

「ええ。そうだとしても。それまでは、私が魔女を守りますよ。(これからもずっとね……)」

夜を星がかけてゆく。魔女たちの決して埋まることのない溝の深さは、灯りの届かない程深くまで達していた。

✒ ✒ ✒

森に入る月明かりは、色づいた葉のすき間を縫うようにして、大地をへ差し込んでいる。

「静かなものだと思ってた……」

小屋にいると、木々のざわめきや、夜の動物たちが草木を揺らす音がする。持ち主のわからぬ鳴き声が四方を囲む森から漏れる。魔女も人もここにはいない。

「雨……」

小屋を組んでいる丸太に、降り出した雨がバラバラと音がこだまする。しばらく耳を傾けるていると、ドアを力なく叩く音が聞こえてきた。

「リコリス様……」

「リンド?なぜここを?」

見覚えのある黒のローブの裾から、水滴を垂らした世話人が立っていた。もう見つかってしまったというのか。ならば長老の考えは失敗に終わってしまったのだろうか?警戒しながら、彼女はリンドを小屋へと入れた。

「ガザニア様から命が下りました……。口封じのために、リコリス様を殺害するようにと」

「そんあな……じゃああなたは」

「いえ、私ではありません。指南役ミリア様にその任が下っています。じきに、この場所が暴かれて、リコリス様を処分しにくるはずです」

「なぜ、そのことを?貴方はガザニアの使用人でしょう?」

「いいえ。ガザニア様こそそう信じていますが、私は長老様にお仕えするものです。ですが、それが明白になるのも時間の問題です。今回の長老様の強行によって、私とリコリス様が長老の息がかかった魔女と認識するでしょう。リコリス様だけでも逃がすために私はこうして……」

「とりあえずは分かったわ。すぐにここを離れましょう」

「こちらに」

森はずっと奥深くまで続いていた。何処へ向かうかも、来た道もわからぬふど入り組んだ、道なき道をゆく。魔法は使えない。何らかの方法で感知されることを恐れ、二人はほろを被って走る。

周囲をコウモリがついてくるのが分かった。

追われるように崖へ追い詰めれると、下は岩だった急流が流れていた。

「リンド。あなたにお願いがあるの。私の家にある全ての念書を長老に渡してちょうだい。渡せないなら、燃やして。後は、私が記憶を消し損ねた子供たちを守ってあげて。これも、長老様に言えば何とかなると思うから」

「リコリス様?」

「あなたはガザニアの信頼を取り戻す機会よ?私をここで、殺せば。あなたは長老様から託された任務を。ガザニアから疑われることなく遂行できる」

「なりません。指南役として、改革を行えるのはあなただけなのです。リコリス様!」

ぐっしょりと濡れたローブに触れた肌の震えが止まっている。もう、突き刺すような冷たさにも慣れてしまったようだ。

「もう。疲れたの。私は、自分の復讐を成し遂げるために、たくさんの人と魔女の記憶を消した。殺しもした。私がやらなくても、きっとほかの魔女が代わりを務める。私はこれ以上殺したくない。私にはもうできない」

「リコリス様……」

「ごめんさい。リンド。あなたに頼むことなんてないわね。最後は自分で責任を持つことにするわ」

リコリスが、耳と平行に挙げた手を、垂直に振り下ろすと、リンドは後ろの木に強くたたきつけられ、気を失った。

そのあと、リコリスは手を翻して、同じ動作を行う。

直後、彼女は崖の間へと、宙へ投げ出されていた。




date 2020年7月26日

title 『魔女の告解室vol,13』

taiti









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