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【創作小説】GIFT 4話

ご飯をちっとも食べてくれない人に、どうやって食べてもらったらいいのだろう。

野菜も、魚も、白米も。

世の中には、本当に、食べられない人もいて、本当は、食べられるのに食べない人がいる。いっぱい食べてるのに太らない人がいて、ちっとも食べていないの太ってる人がいて……

「疲れちゃったんだよ。食べるのにも、寝て起きるのにも、体力がいるんだ。でもあんた。休んでもいいんだよなんて言うんじゃよ?休むのにだって体力がいるんだから」

そう言うママは休まない。

今日もお気に入りの、随分とゆったりとした、ベージュのオールインワンをまとって、

もうそれは別の服なのではと、突っ込まれるのを待っているようで、

タバコをプカプカさせながら、グラスの本当の中身は、お酒じゃなくて、麦茶だってことも、ばれているのにそのまま気にせずすすってる。

ぼくは、コンビニでも、ファミレスでもないのに、ここバーGIFTがしまっているところを見たことがない。

しかし、この奇妙なバーは、酒が入らないと、何も食べようとしない凜子さんにとって、一日でも休んでほしくない場所でもあった。

✒ ✒ ✒

函館駅から路線バスに乗り三駅、十字街駅でおり、何本もの坂が頂上の教会群へ向かう道。その坂の途中に私の実家がある。

観光のオフシーズンには、人の声よりも、港でぎやぁぎゃぁと騒ぎ立てる海猫の声で満たされているような長閑な場所だ。

何よりこの町の独特なのは、早朝が一番活気があることで、朝一番の漁を終えた漁師たちが、取れたての魚介を持ち帰り、その女房たちが、夫や出勤前のサラリーマンに朝食を振る舞う。

そこに、観光客も押し寄せ、朝市は相当の活気を見せるが、10時にもなると、街はもう眠ったように静かになる。波に煌めく陽の光と、岸のアスファルトに打ち付けるちゃぷんちゃぷんという音を残して。

「凜子さん。ほら、まだ空いてる所もあるんだから。少しは食べていかないと」

「ごめん。食べる気しないの。浩輔が待ってるんだから。できるだけ早く帰ってあげなくちゃ」

今、積極的に生きようとなんかできない。

もしかしたら、明日ひょっこり、東京の部屋に浩輔が帰ってくるかもしれない。

全部が全部、悪い噓で、だからこんな冗談のような夢の中で、食事をしたり、寝たり起きたりなんてしたくない。

浩輔が帰ってきたら、もう腐ってしまってるだろうけど、テーブルにそのまま置いてきた、3人で食べるはずだった、ご馳走を食べる。

何も変わらない日常にすぐ戻れるように、今は確認すべきことを確認する。

ただそれだけだ。

がらがらの路線バスをおり、夢心地で坂を登ってゆく。

「はい。どなた様?」

「凜子です。お話があって伺いました」

「まぁ!凜子ちゃん。空けましたので直ぐに入ってください。皆様がお喜びになります」

仰々しい鉄の柵が、短い電子音の後、開くと柴犬のマリーが尻尾を振りながら、走ってくる。

悪いけど、今かまってられないの。

見向きもせず扉を開けると、母が目に涙を浮かべて待っている。

「凜子。おかえりなさい。ほんとに、急に帰ってくるんだから……」

「お母さん。すぐに帰らなきゃいけないの。だから、正直に答えてもらえない?」

「何を言い出すの。とにかくリビングに来なさい。今日はお父さんもまだ会社に行ってないから。読んでくるわ……」

「ここに昨日、橋本浩輔という男の人が来なかった?」

「知らないわ。昨日は出払っていたから」

「糸田さん」

「え、えぇ……」

「あなたはずっと家にいたでしょう。浩輔は来たんですよね?」

「あ、あの……」

「いい加減にしなさい。先ずは挨拶が先でしょう。会うなり急におかしなこと言って。いいから上がりなさい」

「糸田さん。正直に答えてください。私、すぐに彼のところに帰らなきゃならないんです」

私以外、その場にいた誰もが息を吞むのが分かった。

使用人の糸田さんの目を覗き込むと、浩輔の昨日の足取りが頭に浮かぶようだった。取り合わなかったのだろう。私のすることなすことすべてが気に食わない人間たちなのだ。この家族は。

「私も浩輔も二度とここには来ないから。それだけ、お父さんに伝えておいて」

後ろに控えている怯えた目の和樹君を促し、扉を空けて外に出る。

もう二度とここには来ない。

「早く帰らなくちゃね」

そういうと、和樹君はさらに下を向いて、私の後を付いてくる。

安置所なんてところに、浩輔をいつまでも泊まらせておくわけにはいかない。

「そうだ。浩輔の好物のホタテを買って帰ろう」

まるで生気のしない街に戻り、再び路線バスに乗り込んだ。

頭の中で、浩輔が嬉しそうに、私の料理を食べる姿を想像しながら。








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紬糸
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