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中国・浙江省のおもいでvol.2


『フェイとの出会い』

 小雨と霞に迎えられた初日はとても長く感じられた。修学旅行や合宿の初日のように、体と心が異国の空気に馴染むまではまだ時間がかかりそうだ。

 時刻は18時。歓迎会の会場までは大学の日本語学科の学生が案内してくれる。ホテルのロビーには既に数人の学生が集まっており、日本の学生一人一人に向こうの学生がつく仕組み。ぼくの相手は小さな丸い顔に切れ長の瞳、ショートカットのよく似合う女学生だった。中国人と会話するのは始めてのことだった。

「ニィハオ。チューツゥジィエンミェン。(こんにちは。初めまして。)」

 声は震え、顔はひきつる始末。おまけに女学生がクスクス笑い始めた。ほれみたことか。授業で習う外国語なんてあてになりゃしないんだ。恥ずかしい・・・・。早くなんとか言ってくれ。

 今度はぼくがクスクス笑う番だった。

「あぁ、おはよう?はじましてぇ?」

 中国語で投げた言葉が日本語で返ってきたのもおかしかったが、足りない日本語とやけにはんなりとした口調、疑問符の使い方が余計に面白かった。彼女もぼくも足りないどうしらしい。ぼくの中国語もきっとこんな伝わり方をしていたのだろう。お互いに足りないことがわかっただけでもよい挨拶になった。(後から教えられたのだが、ニーハオだけで初めましてのニュアンスも含んでいるらしく、ぼくははじめましてを連呼していたのだった。)

 二人とも覚えたてのカタコト言葉で会話を何とか続けながら、歓迎会の会場へと向かった。外は相変わらずの雨で、傘が一定の距離を保ちながら、ゆっくりと歩く。小さな子がキャッチボールで、必死に投げるも相手の所へ届かず、色々な方向に投げてしまったボールを取りに行っては、返すほうもまたおかしな方向へとボールを投げて取りに行くような。はたから見れば出来の悪く、笑ってしまうような会話の応酬。いまから思い返せば、ちぐはぐな言葉のキャッチボールも心を温めてくれるよき思い出だ。きれいなキャッチボールではなかったが、取りにいく時間が何よりも心地よかった。

 彼女はフェイリンという名で、フェイと呼ばれていた。日本語を勉強しだしてから、まだ半年だと言う。故郷は湖北省。日本の感覚で言えば、滋賀と東京くらいだろうか。年齢も尋ねようと思ったが、女性に年齢を聞いてはならないという、日本人らしさを発揮してその場では聞かなかった。それに、コロコロと笑う様はどうみても年下にしか見えなかった。

 会場へ着くと、10人づつ座れるほどの大きな円卓が二つ並び、天井から「福」と書かれた赤いひし形の札がそこかしこに垂れ下がっていた。ぼくと彼女は手前の席に並んで座り、ほどなくして全員が揃った。現地の教授が流暢な日本語で歓迎の辞を述べると、二つあった扉が同時に開き料理が運び込まれた。

 瞬間にして、お腹がきゅうと収縮する。世界3代料理と呼ばれる中華の急先鋒は、鼻腔を貫く「薫り」だった。せいろが高々と積まれ、色鮮やかな副菜が卓上を彩る。色彩の食文化とはよく言ったものである。ハリーポッターの入学式で、ダンブルドアの指慣らしに、ふっとわいた魔法のご馳走が思い出された。(この後、壮絶な胃痛に襲われることをぼくはまだ知らない)

 彼女もお腹を空かせた様子を隠せず、その様子を見あっては、お互いにまた笑った。小雨と霞によって迎えられた、色の薄い初日は、彼女の笑顔と卓上のご馳走たちによって、きれいな色を放ちだした。

 異国での晩餐はかくして始まった。(『中国語・浙江省のおもいで』vol,2)


『中国・浙江省のおもいで』vol,1も合わせてどうぞ🎈






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