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シナリオ小話 02 表現の過と不足

17歳でデザイナ・構成作家としてデビューして、フリーのプランナー兼プロデューサー、そして二流の脚本家としてちょうど20年の商業作家生活を無事に送らせて頂きました「おおやぎ」が、2007年頃からMixi等で公開していた講座連載を再構成して掲載いたします。今も脚本・シナリオを学ばれるあらゆる層のかたがご笑覧くださるなら望外の幸せです。

今回は「短いセリフから読み取る」ことに焦点を当てつつ、最近(注 初出 2007年頃)自身も体験し、また同業の同輩からも聞いたひとつの問題を紹介しましょう。

一般に、脚本とは【人物や情景の動きを描くことによって物語の経緯を語るもの】です。

つまり、小説や論説では――

彼は焦っていた。

と明確に書くところ、映像(脚本)ではどのように表現するか?
たとえば――

誠史郎「(机を何度も指先で叩きながら)まだか・・・っ?」

――このように書いたり、

誠史郎「どれだけ待たせるのだ!(とタバコを灰皿に押し付ける)」
 灰皿には吸い殻が山盛りになっており、誠史郎が吸い殻を押し付けると端から別の吸い殻と灰がたっぷりとこぼれる。

――このように表現し、
A. その場の人物のセリフや行動
B. その行動を受ける無機物の描写

から、そのドラマの心情や状況を作劇的に描写するのです。

しかし昨今(注 初出 2007年頃)、主にライトノベルと呼ばれる分野や、あるいはゲームなどの若年向きの文章表現分野では、これらのいわば「脚本家が‘視聴者の想像力に依存する」表現が難しくなっているように思われるのです。

次の2つのセリフのやり取りを見て下さい。

真吾「ほら、時計。いいのか?」
悟「うわ、やばい! ごめん、話の途中だけど……っ」

皆さんはどう想像されましたでしょうか?

誰かが「時計」と言えば、それは壁にかかった時計を指差すなり、自分の腕時計を相手に見えるように示したに違いないわけです。
そして、「時計」とは基本的に「時間を教える機械」です。
つまり真吾は、"時刻について” 悟に「いいのか?」と問うた、ということが分かるでしょうか。

ひるがえって、悟のリアクションです。
「やばい」とは、何を指して表現したのでしょうか? ――そう、「時計」によって知らされる「時刻」について言及したのです。彼にとっては「やばい時刻」であったわけですね。
すると「話の途中だけど」とは、どういう意味でしょうか? ――それは「現在の時刻」を知ったことを受けて、おそらく話の途中だけど出かけなければならないとか、そのための何かの準備をしなければならない、ということでしょう。そのために「ごめん」と謝罪して、話を中断する旨を示したのです。

こうして解説を加えたあとで恐縮ですが、つまりこの2行のセリフを通じて、以下のことが判じます。

・悟には“ある時刻”になると為さねばならない(A)ことがある
・真吾は悟にAの事情があることを知っている
・現在の時刻はAの予定時刻に迫っている
・真吾と悟は何かを話していたがそれを中断した

さらに言えば、次のことも読み取ることができるかもしれません。

・話の途中でも悟の事情Aに気を遣った真吾は冷静な人物である
・現在の真吾と悟の話題(B)より事情Aのほうが重要である
・しかし悟はBも大切と考えているので中断を謝罪した

さて、近頃の表現では、この2行について、端的に言うと『意味が分からない』とされる向きがある、ということです。これが本日の本題でしょうか。

・どうして時計がやばいの?
・「だけど」止めのセリフの後に何が続くの?

……もし貴方がそのように感じたのならば、是非とも自らの想像力を鍛えることを進言したいと思うのです。

最後に皮肉の意味を多分に込めて、最近のライトノベル風(あるいは初心者の脚本風)の表現を記しておきましょう。

真吾「ほら、あの壁の時計を見ろ。もう3時だぞ。聖子さんと4月の旅行の打ち合わせをするから会おうと4時に約束したって言っていたけれど、出かけなくてもいいのか? お前が待ち合わせをしている渋谷までは、ここからだと1時間以上はかかると思うぞ(時計を指差す)」
 真吾が指差した壁の時計の針は、3時5分を指している。
悟「(時計を見て)本当だ、もう3時過ぎじゃなないか! これじゃ約束の時間に間に合うかどうか微妙な時間になってしまったな。ごめん、話の途中だけど都築はまた今度話すことにして、俺はすぐに出かけるとするよ」
 と、悟は席を立って上着を羽織った。

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