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童話風小説『ちいさな仔リスとミミズクのおじさん』


リスの坊やとミミズクのおじさん

 

 さっきまであんなに晴れていたのに、急に空が暗くなってきました。

たったひとりで、はじめての場所へやってきたちいさな仔リスは空を見上げました。

「やあ、これはひと雨どころか、もっとすごい雨がきそうだ。そうとくれば、ぽくはもうおうちへ急いで帰らなくっちゃ。せっかくこの場所をもっと探検したかったのになぁ。」

はじめて訪れたこの場所には仔リス以外にだれもいないようでした。

仔リスは丘を駆けめぐり、おうちの方向へ向かって走りました。

すると走っている仔リスの頬にぽつぽつと雨粒が落ちました。

「やや、もう降って来ちゃった。どうしよう。急に土砂降りになりそうだ。どこか、雨宿りできる場所を探したほうが良さそうだな。」

仔リスは立ちどまって後ろ脚で立ちあがると、周りをきょろきょろと見渡しました。

そしてある一点を見つめ、仔リスはそこへ、おそるおそる、近づいていきました。

そこは、生い茂る草のなかに生えた、一本のとってもりっぱな大木の、樹のなかにできた丸い洞(ほら)、樹洞(じゅどう)でした。

仔リスは、素早く樹の根元まで行くと、樹にしがみつき、その洞に向かって慎重にそっと近づいて登っていきました。

中を覗くと、洞のなかはとても静かでしたが、良い香りがしました。

仔リスはもっと奥へ入っていき、なかの様子をうかがいました。

だれもいなさそうでした。仔リスはこのとっても良い香りのする木の実を見つけたいと想いました。

もう少し奥に入って、仔リスは葉っぱや樹皮でできたふかふかの床を掘って木の実を探しました。

そのときです。一羽のおおきなミミズクが洞の入り口に静かに舞い降り、おどろいて振りかえった仔リスを優しい眼で見つめたではありませんか。

絶体絶命の危機に、仔リスは息を止めたほどです。

しかし次の瞬間、仔リスが逃げるより早く、ミミズクは低く優しい声でこう言いました。

「安心しなさい。わたしは君を捕まえはしないし、食べることもない。ごらんなさい。その奥にはわたしひとりでは食べきれないほどの木の実が、何か起きたときのためにたくさんたくわえられている。もうすぐ、ここに嵐がやってくる。嵐が過ぎるまで、ここで一休みして、食べたいだけ木の実を食べなさい。」

仔リスは息を飲みながらも、ミミズクのおおきなまん丸いふたつの眼をじっと見つめました。

ミミズクはおだやかでとても落ち着いたようすで、羽繕(はづくろ)いをしはじめました。

すると、仔リスの緊張はやがてほどけていき、ホッとしてきました。

そうするとたいへんお腹が空いたので、木の実を探して、見つけた甘い香りのする木の実を前脚でつかんで無我夢中でかじって食べました。

お腹がみたされて、より安心した仔リスは、巣の奥からこの変わり者のミミズクに無邪気に話しかけました。

「ねえミミズクのおじさん。おじさんはここにずっとひとりで住んでるの?どこに行ったら、こんなおいしい木の実が見つかるの?どうしてぽくを捕まえないの?」

ミミズクは仔リスに近づくことなく、入り口の近くから仔リスを見つめると言いました。

「リスの坊や、ああ、そうだよ。おじさんはここでずっとひとりで暮らしてきた。それらの木の実がある場所は、口で説明するにはややこしいから、嵐が過ぎれば、君を連れてって教えてあげよう。君をわたしが捕まえない理由は、いろいろとあるよ。話せば長くなることだ。」

仔リスは黒い眼をぱちぱちと瞬きさせると、ぴょぽぴょぽぴょぽっとミミズクのそばに近寄りました。

そして目の前のミミズクの眼を透き通った眼で見上げて言いました。

「ぽくは知りたいな。ぽくは木の実のある場所を知りたいけど、それよりも、ぽくはおじさんがどうしてぽくを捕まえないか、その理由がすごく知りたいな。ぽくは眠くなるまで、話をちゃんと聴くよ。」

ミミズクは、仔リスを見つめ、黙ってうなずきました。

しかしミミズクは、そのまえに仔リスについて知りたいと想いました。

それは、"ここ"へやってくる者は、とても珍しかったからでした。

「君は住んでいるおうちでだれかが待って居るのかい?」

すると仔リスは素直にこう答えました。

「ぽくは、じつは、お母さんと妹を探してるんだ。すこしまえに、巣へ戻って来なくなったんだ。きっと、なにかあったんだ。だって、ぽくも妹もまだお母さんのおっぱいが恋しくて、まだ幼いからだよ。きっと、もうすぐ戻って来ると想うんだ。」

そう言うと、仔リスはさびしげな顔をしました。

それを聴いたミミズクは、遠い山の向こうを見つめました。

そして、この仔リスの坊やのお母さんと妹は、もう戻ってはこないことを知っていたので、深い悲しみを感じました。

なぜなら、まだおっぱいが必要な仔を残して、母がどこかへ行ったり、兄弟姉妹が離れて暮らすことはなかったからでした。

捕食動物に捕まえられたか、車にひかれてしまったか、人間に捕まえられてしまったか、何かが起きたのだろうと思いました。

ミミズクは仔リスを振り返ると言いました。

「"ここ"はほんとうに安全な巣だ。なぜって、めったに、ここに遣ってくる者はいないからだよ。もし君が、ここに住みたくなったら、住むといい。わたしはずっと独りだったから、話し相手ができると嬉しいよ。」

仔リスはミミズクが優しいので、喜びましたが、彼にこう応えました。

「ぽくはでも、あの巣で暮らしてたらいつかかならず、お母さんと妹が帰ってくると想うんだ。ぽくもさびしいけれど、でもぽくは、ここになんどもやってきてもいい?」

ミミズクはうなずいて、言いました。

「もちろんだとも。この巣をにばんめのすみかにしたらいいよ。わたしはもう年だから、あと何年生きるかはわからないが、わたしの知るかぎり、ここよりもあんぜんな場所を知らない。」

仔リスはぴょこっと飛びはねて喜びました。そして、さっきの話を想いだして、ミミズクにまた言いました。

「ねえミミズクのおじさん。おじさんはどうしてそんなに優しいの?どうしてぽくを捕まえたりしないの?ぽくはどうしても知りたいよ。それがぽくはどうしても気になってしょうがないよ。」

ミミズクは仔リスを見てほほえみました。それから、ちいさな咳ばらいをすると言いました。

「そうだな…。わたしはそう言えば、この話をまだだれにも話したことはなかった。君はまだ幼いから、むずかしいかもしれないが、いつの日かわかるだろう。」

仔リスは興味津々な表情で言いました。

「ぽくはまだ子どもだけれど、むずかしい話も聴けるよ。ぽくは2ヶ月半前に生まれたんだ。ぽくは今わかることがあるかもしれないし、おじさんの言うように、成長すればわかるかもしれないよ。」

ミミズクは眼を閉じ、また黙ってうなずきました。何か遠い昔のことを想い返しているようでした。そのあと、とてもゆっくりと、深く響く声でミミズクは語りはじめました。

「想い返せば、あれから、ほんとうに長い年月が経っていた。あのときから、もう40年近く経っている。」

「おじさんはそんなに年をとってるんだね。」

「ああ、わたしはもう若くない。だがあの頃は、わたしはまだ若かった。わたしには、わたしには…ひとりの、生涯たったひとりの、愛する妻がいた。彼女は何度も、わたしたちの卵を産んだ。だがなぜか、卵は一つも孵らなかった。そのつど、わたしたちの悲しみはとても深いものだったが、それでもわたしたちは常に共にいて、未来を絶望することが決してなかった。」

「ほんとに仲がいい夫婦だったんだね。」

「ああ、そうだとも、わたしたちは互いに共にいられることがなにより幸せなことだった。……だが、ある日…」

「…どうしたの?」

「……ある日、あの日、わたしの具合がすこし悪くて、わたしに栄養づけるために妻は薄暗くなってきた時間に巣を出て、そして戻ってきた。

妻の口には、仔ネズミが咥えられていた。

妻はあまり捕まえることが上手くなかったので、わたしのために必死に捕まえてくれたのだろうと巣から顔を出したわたしは想った。

妻が巣に到着するまで、あとほんの少しだった。

あと一秒あれば、巣のなかに入り、わたしにいつものようにくちづけをしてくれたことだろう。

だがあの瞬間、わたしのすぐ目の前で、わたしの妻は撃ち落された。

人間の男のハンターが走って来て、歓喜の奇声をあげて妻の首の後ろを持って高く持ち上げ、袋に詰め込んで去った。


……わたしは眠りつづけた。

あれはわたしの恐れが観た幻覚だったに違いないと信じつづけ、眠って待って居ればかならず愛する妻はわたしのところへ戻って来てくれると強く信じつづけた。

そうする以外に、わたしには方法がなかったのだ。

だがやがて、わたしはこの受け容れたくないものを現実として受け容れねばならなかった。

妻はどんなに待ちつづけようとも、一向に戻っては来なかったからだ。」

「…ってことは、おじさんが観たのは見間違いや幻覚じゃなかったってことなの…?」

「ああ、そうだとも…。わたしの妻はたしかにあのときに、死んでしまったのだよ。わたしはたったひとりの、愛する者を喪ってしまった。」

「なんて、なんて哀しい話だろう…。」

「坊や。この重く、つらい話にまだまだつづきがあるのだけれども、君は疲れているなら、すこし休むといいよ。」

「いやだよ、ぽく、ぽくはまだ眠くないもん。ぽくは聴きたいんだい。おじさんがぽくを捕まえない理由を!」

「ははは。そうかい。では話をつづけよう。疲れたら言いなさい。」

「うん!」

「それで…わたしはまるで感情の一切を失ったような感覚で暮らしだしたある朝のことだった。

わたしはあの、憎きハンターの男と再会したんだ。

わたしの憎しみの感情は燃え盛り、あの男に報復をしなければ死んでも死に切れるものではないと感じた。

それから、わたしはあの男を遠くから監視することにした。

どういった方法で最高の報復ができるかを考えながら。

毎日、血眼で監視しつづけるうちに、わたしはあの男についての多くのことを知り始めた。

あの男には、一人の仲睦まじい妻がおり、妻に対してだけはとても優しかったが、他に対しては、無関心か、残酷で、無慈悲と言えるものだった。

ある夜のことだった。

家の庭でバーベキューパーティーを行うから夫婦そろって是非来てほしいと妻の友人から誘いを受けた男は人づきあいが苦手なようで気乗りしないでいるようだったが、妻が楽しめるならと考えたのだろう。

妻と共に参加したが、妻が離れた途端、まったく楽しんでいない様子でそこでビールを飲んでばかりいた。

そのとき、知人のハンターの男たちが数人やってきて、一緒に酒を飲み始めた。

知人の男たちはすぐにハンティングの話で盛り上がり、だれが一番、ハンティングの腕があるかを競い始めた。

そのなかで男は一番若かった。そしてハンティングの経験も浅かった。

知人の男の一人が、この男におまえは最近、どんな方法で何を仕留めたのかを訊ねた。

男は興味のなさそうにボソッとこう答えた。

『俺か?俺は最近、レミントン M870(Remington Model 870)でウサギを仕留めてやったよ。トウブワタオウサギ(Eastern Cottontail)の乳を腫らした授乳中の雌だった。一人で喰ったが、大して美味くもなかったよ。』

すると少し離れた場所で話しに耳を傾けていた男が近づいて言った。

『おいあんた、対象が授乳中の母ウサギだとわかって撃ったのか?』

男は振り返り、その男の眼を凝視したあと『そうだ。』と答えると、その男はつづけた。

『やれやれ、俺は20年遣ってるが、そんなことは一度もない。なんでもかんでも手当たり次第に撃つような人間と俺は一緒くたにされたかないね。』

男は残っているビールを一気に呷ると言った。

『以前、知り合いのハンターは俺に話してくれた。腹が膨(ふく)れたリスを撃って、すぐに食べようと腹を開くと、やはり中に赤ん坊がいて、数えたら6匹もいたんだ。みんな動いていて、まだ息があった。その野郎は、そいつらを食べる気にはなれなかった。どうしたと思う?その野郎は、地面を少しだけ掘って生き埋めにしたんだ。それで母親は焼いて喰ったんだとよ。俺はリスだけは絶対に撃たねえ。俺の嫁さんはリスを愛してんだ。他の動物には無関心だけどね。』

一同は黙っていた。

男はずいぶん飲んだようで、ふらつきながら椅子から立ち上がって言った。

『俺ァ、もう帰って寝るぜ。ここでいい友人ができるとはとても思えねえしな。』

男は少し歩いて、鉄板の上にあるものを見つめて振り返ると言った。

『それはそうと、俺たちがガキん頃から喰ってきた"モノ"は、授乳中だろうが、仔が母親を恋しがって鳴いてようが、見境なく強制的に運ばれて最後は鉄板の上かオーブンの中か、鍋の中ってわけだ。ハハ。あんたも喰って悦んできたか?まあいい…俺ァ帰るぜ。』

この男は妻といるときは幸せそうに観えたが、独りでいるときやほかの人間と一緒にいるとき、いつでも心の奥深くにすさまじい敵意や恨みを抱いているように見えた。

だが何より、男が獲物を銃で捉えようとしているときの冷たく憎悪に満ちた眼を、わたしは観るとき、わたしに言い知れぬ何かを感じさせた。

それがなんであるか、わたしはようやく気づくことになった。

気づけば、わたしはその男を見つめている自分の感情に大きな変化が起きているのを知った。

わたしの内にはもはや、その男に対する憎しみの感情が消え去っており、ただただ冷静に、わたしはその男を見つめつづけていた。

彼が保護対象となっている野生のミミズクを厳しい罰則のリスクを負ってでも撃った理由を、わたしは理解した。

それは彼の愛する妻が、巣箱とその付近に取り付けた監視カメラで生まれたときから毎日観察していた野生のリスの仔が、彼女が観察しているときにミミズクに連れ去られたからだった。子どもを授かることが叶わない彼女は、そのあと、精神不安定になり、そしてこの夫婦は、わたしたちと同じように"一心同体"であったのだ。

妻の悲しみは、夫であるこの男の悲しみとなった。

わたしはこれまで、これほど深く一人の人間を見つめたことなどなかった。

わたしは男を見つめるなかでどれほど人間の人格と呼ぶものが容易に壊れていってしまうかを知った。

わたしは最初の内は、彼が妻から冷たい態度をとられる度にまるでハンティングによって憂さ晴らしをしているかに思えたが、彼は自分が妻から傷つく態度をとられるほど、彼の人格が崩壊して行き、自分がどんな残酷な行為をやっているかもわかっていないかのように、危うくなって行って、自分や他者の苦痛を感じないようになるまでそれをつづけることに必死であるように見えた。

彼の切実さを、彼の苦しみを、どうしたことか、わたしの愛する妻を撃ち殺した彼を見つめつづけるなかに確かに深く、深くわたしは感じ取っていたのだ。

彼は妻のいないときは独りで酒を飲んでいるときが多かった。

ほかに何をするでもなく、酒を飲みつづけてはすぐに眠りにつく。

そうかと思えば、翌日の午後には眼を光らせて銃を構え、獲物を睨みつけている。

仕留めた瞬間はいつも大声で狂喜するのだが、そのあとの作業をする彼は退屈そうで不快そうな表情をときにした。

彼らは、"愛する者だけは護りたいが、それ以外は見境なく殺す"

わたしは過去に、捕まえたネズミの腹のなかに何匹もの赤ん坊を見たとき、むしろ妻と共に喜んだものだった。

わたしたちにより多くのエネルギーを与えてくれるそれらに感謝したものだった。

だが最愛の妻を亡くし、妻を殺したハンターを見つめてきたわたしにとって、わたしを生き永らえさせるためのエネルギー補給のために狩りをつづけることは、わたしの生存本能が拒み始め、わたしは最後にバッタを捕まえた夜を境に、もう何も捕まえる気が起きなくなってしまった。

わたしはもう、逃げようとする者を捕まえて食べることを一生懸命にしてまで、生きて行くのが疲れてしまったようだった。

飢えの苦しみのなかにも、狩りを再び行う気にはなれなかった。

その代わりに、木の実やキノコや果実や種子を探してわたしはそれを食べた。

するとわたしの飢えは満たされ、巣のなかにたくさんたくわえることが楽しくなってきた。

わたしはそして、自分の変化に、この満足にほんとうに、こころのそこから安心したんだ。

わたしはそれからというもの、日々、わたしの心は穏やかなんだ。

"いつの日か、必ず愛する妻に再会できる"という確信のなか、こうして生きている。

わたしは今、我が何よりも愛する妻と共に生きている。

そう、これが、わたしが決して君を捕まえることがない理由だよ。」

そうミミズクは話し終えると、そばでもうぐっすりと寝息をたててすやすやと眠っているちいさな仔リスの坊やの愛らしい寝顔を慈悲深く見つめ、自分も眠るために両のまぶたをそっと閉じた。

気づけば嵐は過ぎ去っていて、とても静かな夜が訪れていた。








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