見出し画像

ことばに興味を持つ

今回は、ことばに興味を持つことについてお話しします。ことばを正確に、効果的に、そしてときに戦略的に使いこなすには、自分の使うことばを客観的に見る目が必要です。ことばに興味を持つことで、その目が養われます

ことばへの興味は、いろいろなところから生じていきます。いきなり外国語に興味を持つ人もいます。外国語の音の響きや馴染みのない文字の形に魅せられる人もいます。母語に興味を持つ人もいます。母語への興味は疑問という形で表れることもあります。たとえば、なぜ日本語は漢字と仮名を交ぜて書くのだろう、全部平仮名とか漢字じゃダメかな、などという疑問を持ったりします。学校での教科の垣根を越えた疑問になることもあります。たとえば日本のあちこちに「追分」という地名があるのは何か共通の由来があるのか、のような疑問です。

学校の授業でことばへの興味を高めるには、ことばを収集するという方法が考えられます。たとえば商品名を集め、それが何の商品についた名前なのかを考え、そこに何か傾向があるか考えたりするわけです。もう少し文法的なものであれば、歌詞の分析などもおもしろいかもしれません。

「明日が来るなら」
「もしも願いがひとつだけ叶うなら」
「もしも願いが叶うなら」
「もしもピアノが弾けたなら」

など、歌詞の条件表現には「~なら」が多用されます。

「追えば逃げて、逃げれば追う」
「晴れたらいいね」

のような「仮定形+ば」や「~たら」は意外に少数派です。これを別の条件表現に変えて歌ったりしながら、意味の違いを探っていくのも有意義だと思います。

その意味では、「替え歌」というのは、ことばへの興味を喚起する遊びとして捉えることもできます。たとえば、全体の数文字変えただけで意味が大きく変わることに気づいたりするわけです。

大きなボラを眺めたら、
黄色い雲が飛んでった。
今日は楽しい、今日は楽しい、バイキング。
ほらほら女の声がする。
サザエさん、サザエさん、サザエさんは不快だな。

こんなものを経て、「支離滅裂な文章を書こう」みたいな単元に続けていくこともできます。意味不明にこだわることを通じて、意味が伝わるしくみに気づくこともできるわけです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?