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無名でいたい人に思わぬ救済

 「有名になりたい」と思う人がたくさんいる中で、実際有名になれるのはほんの一握りです。そんな一握りも、もう一段階ふるいにかけられる運命にあります。後世に名が残るかどうかです。

 これがまた難しい。生きている間はみんなに知られていたけれども、亡くなった途端に人々の記憶から一気に消えてしまうなんて珍しくないみたいなんです。実際、世の権力者だったはずの人が、死んで何百年も経つと、世界史をミッチリやらないと出てこない人になっていたりする。それでも、きっと知る人ぞ知る存在になれれば御の字レベルでございまして、マジで忘れられてしまう元・有名人もいらっしゃるはずです。

 そうなる理由はやっぱり、あの世の人間にはこの世をどうにもできない点が大きいでしょう。ご存命の時は世界中に影響を与えるレベルの権力をブンブン振り回していた人も、亡くなってしまえば自分の身体さえ動かせなくなる。この世でできることがなくなってしまうんです。当然、権力もブンブン振り回せなくなる。

 本人の意志ではどうにもできない。これが後世に名を残すことを難しくしています。そう考えると、アインシュタインとかレオナルドダヴィンチとかアレキサンダー大王とか、後世にガッチリ名を残している人は相当すごいですし、だいぶレアケースなのだと思い知らされます。

 本人の意志ではどうにもできない。これの不思議なところは、後世に名を残したくてもなかなか残らない一方で、後世に名を残す気がない、それどころか残したくない人が名を残してしまう場合もあるようなんです。

 例えば、マルキ・ド・サドです。

 フランスの貴族だったサドは小説家でも知られ、暴力的な性を含んだ作品を残しています。そんなサドは以下のような遺言を残しています。

墓穴を再び土で覆ったら、その上にドングリをまき、以前のごとく墓穴の場所が雑木に覆われて、自分の墓跡が地面から隠れるようにしてもらいたい。人々の心から私の記憶が完全に消し去られることを私は望んでいる。

https://core.ac.uk/download/143638314.pdf

 しかし、皆さんもご存じ通り、サドはサディズムの由来になった人物として今も広く知られます。SMのS担当を長いことやってきたわけです。サドを知らなくてもSMは知ってるなんて方は更に多いでしょう。何しろ「自分はSかMか」みたいな話が普通にされている時代です。何なら「サドは実はマゾだった」なんていう、どこまで本当なのかよく分からないいじりをされていたりもします。

 自分の名前が後世の人々に語り継がれたいと思っていたならまだしも、人々から忘れ去られたいとの遺言を残したサドにとって今の状況は相当につらい仕打ちです。身体を埋めた場所にドングリをまいて以前と同じ雑木林にするどころか、埋めた直後に墓を荒らされたかのようです。何なら、サドの骨はマジで墓から掘り起こされたそうで、しかも紛失されてレプリカ頭蓋骨が博物館に残っているだけとか、そんな酷い記述がフランス語版ウィキペディアを機械翻訳したら出てきました。

 その上、サドの頭蓋骨を扱った映画まで撮られる始末です。

 あの世で頭を抱えるサドの姿が見えるかのようです。

 しかし、ここで救済措置になりそうなのが先ほど少し触れました「サド、実はマゾ説」です。なんか軽く調べてみた限り、あんまり根拠のない説みたいですけれども、仮にサドがマゾだった場合、状況が一気にひっくり返ります。本当はみんなに忘れて欲しいのに、後世にしっかり名前が残ってしまったし、今後も忘れてくれる兆しがない。マゾならこれほどのご褒美はありません。あの世で気持ちよくなっている可能性があるわけです。「ああ私の頭蓋骨が!」「またサディズムって言われてる!」なんて興奮している最中なのかもしれない。

 「サド、実はマゾ説」に思わぬ救済を見出してしまいました。

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