関連付けられるデルピエロとたっくん
デルピエロというサッカー選手がいたんです。正式な名前はアレッサンドロ・デル・ピエロ。長らくイタリア代表だった選手でもありまして、まあ格好いいんです。サッカーがうまい上に、日本人が考えるイタリアの色男を体現したかのような外見なんです。名前にピエロが入っているのも逆にクールな感じで、人類の理想像をかき集めたような方でございます。
現役時代は特にファンが多かったようで、私の周囲にもデルピエロが好きな女性がいました。同じ学校の同級生で、私とはたまに会う程度の関係だったんですけれども、もう口を開ければデルピエロデルピエロ言っているんです。実際に彼女の家へ行った人の話によると、彼女の部屋は全ての壁がデルピエロのポスターで埋め尽くされていたそうです。いわゆる熱狂的なファンでございました。
猛烈なデルピエロファンであること以外はそれなりに普通の女性でしたから、たまに感情がほとばしって「デルピエロ!」と叫んでしまっても常識的な行動だと思うようになっていました。
ある夏の日です。とにかく暑かったんですが、学校は節電とか言ってエアコンを28度なんて訳の分からない温度に設定していたため、我々学生は汗ダラダラで授業を受けていました。休み時間になり、「28度なんて温風だよな」なんて文句を言い合っていますと、例の熱狂的デルピエロファンがやってまいりました。夏の暑さも何のそので、彼女はいつものようにデルピエロと言って両手を上げたんです。
そこで彼女の物凄い脇汗に気づいたんです。彼女は割と可愛らしい服装をしていたんですが、そんな可憐な生地を脇汗が容赦なく貫き、外にじんわりと染み出していたんです。こんなに暑くちゃ脇汗なんて出るのは当然なんですけれども、どういうわけか私、これまで他人の脇汗をしっかり見た経験がなかったため、彼女の脇汗はかなりのインパクトでございました。
相当に印象深かったんでしょう。以降、デルピエロの情報を耳目でキャッチするたびに、あの脇汗を思い出すようになってしまいました。別にデルピエロファンの彼女が悪いわけではありませんし、もちろんデルピエロだってバリバリの無罪です。印象に残ってしまった私だって罪には問われないでしょう。でも、「デルピエロ=脇汗」という意味不明な方程式は未だに私の脳にこびりついて離れずにいます。
誰も悪くないのに、全く関係ないふたつの存在を関連付けて覚えてしまう。どうやら、それは私だけの症例ではないようです。例えば、同じ学校の友人に、私と同様お笑いの好きな人がいました。その子も女性だったんですが、たまに私とお笑いの話で盛り上がったりしていました。
そんなある日、彼女はスマホで少女漫画を読んでいました。しかし、どうも浮かない表情なんです。どうしたのか聞いてみますと、彼女は私を見るなりこう言いました。
「『すべらない話』で『たっくん』って話があったの覚えてる?」
「すべらない話」とは当然ながら「人志松本のすべらない話」でございまして、「たっくん」とは兵頭大樹さんが披露した代表的な話です。家電量販店で乗馬マシンに乗っていたおじさんが「たっくんやめなさい!」と叫びながらグラングラン動いていた、みたいな話です。兵頭さんの動きや言い方が非常にコミカルなのが印象的でございました。よほどインパクトのある話だったのか、公式サイトにもちょっとした概要が書かれています。
もちろん私も知っていました。すると、彼女は眉をひそめながら私にスマホの漫画を見せてきました。そこには一組のカップルがいまして、互いの気持ちをなかなか伝えられない苦悩にあえいでいます。少女漫画としてはなかなかの見せどころかと存じます。友人は言いました。
「彼氏の名前が『たっくん』なんですよ。こんな名前じゃ『たっくん』って文字を見るたびに『すべらない話』の『たっくんやめなさい!』を思い出して話に集中できない」
いや本当に、どうして我々人類はよく分からないものとよく分からないものを関連付けてしまうんでしょうかね。それこそよく分かりません。