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土木系お雇い外国人のフェイクニュース
私が小学生をしていた頃の話です。担任の先生がこんなことを言いました。「日本の川は滝である」。それだけ日本の川は流れが急なんだと言うんです。どういう話の流れで川の話になったのかは知りませんが、先生の得意げな顔はよく覚えています。
ただ、当時の私は小癪な小学生でございます。だから、こう思いました。「例えが下手すぎないか」と。「例えた人は滝を見たことがないんじゃないか」とも考えました。
大人になって改めて考えても強引な例えではございます。ただ、言った本人も敢えて強引な例えをしたんじゃないかと思ったわけです。気になったのは、どういう意図があったかです。少なくとも、学校の先生にドヤ顔させるために言ったとは思えない。
そもそも誰の発言なんでしょう。軽く検索したらすぐに出てきました。オランダの土木技師デ・レーケです。
デ・レーケはいわゆる「お雇い外国人」として来日し、河川の氾濫を防ぐための技術を教えた人物です。「お雇い外国人」という、「助っ人外国人」の親戚みたいな方々は、幕末から明治にかけて欧米の知識を導入するために雇用していた外国人なんだそうです。まさにアカデミック版「助っ人外国人」でございます。
とにかくデ・レーケによって近代日本の治水技術はグッと向上しており、現在では日本の国土を作った人物とも称されています。そんなデ・レーケが日本の川を見てそのあまりの急流に「滝だ」と驚いたそうなんです。
そうなれば、デ・レーケの意図は何となく想像がつきます。「日本の川は流れがきついんだから、そのつもりで河川を管理しないといけませんよ」という、治水の心得を暗に含んだ例えだったのではないかと思うんです。
ただし、小学生の私が「こいつ滝を知らないんじゃねえの」と思ったように、専門家がせっかく含蓄に富んだ発言をしても、その意図が専門外の人に伝わらなかったりします。例えば、ウィキペディアのデ・レーケの項目にこんな説がございました。
低地国であるオランダ出身のデ・レーケは、ゆったりした川しか見たことが無く、日本の川を見て「これは滝だ」と驚いたという説
丁寧に書いてありますけれども、早い話が「こいつ滝知らないんじゃね」といじっている風にも読めます。「オランダじゃ無理もないか」と出身地までいじっているように見える。デ・レーケは土木の専門家ですから、さすがに滝が何たるかはご存じだったでしょうけれども、「日本の川は滝」という発言が当時の日本人にとってはあまりにも強烈なインパクトを残したのでしょう。発言だけが大きく取り上げられて様々な場所へ一人歩きしていった。
しかし、改めてウィキペディアのデ・レーケの項目を読むと、こんなことが書いてありました。
2020年になって、当発言はデ・レーケによるものではなく、別のオランダ人技師ローウェンホルスト・ムルデルの発言かつ、川は常願寺川ではなく早月川を指していたことが、富山県会議事録で裏付けられた。
つまり、デ・レーケは言ってもいない一言で当時の日本人からはもちろん、遥か後に生まれたアホ小学生の私からも「滝知らねんじゃね」といじられていたわけです。何なら、記録に残っていないだけで、いろんな人から「滝知らねんじゃね」と陰で言われたり、心の中で半笑いされたりしていたのかもしれない。
では、どうして2020年までデ・レーケの発言だと思われていたのか。ヒントとなる記述がウィキペディアのムルデルの項目に書かれていました。
日本在任の11年で多くの港湾や河川の事業に携わったが、日本での評価は高いものとはいえなかった。
30年以上も日本に滞在し、勲二等瑞宝章を授与されたデ・レーケとは対照的です。言ってしまえば、同じ土木系お雇い外国人でも知名度が全然違った。だから、土木系お雇い外国人が「日本の川は滝」発言をしたと知った誰かが、「そのお雇い外国人は誰だ」「土木系みたいだし、やっぱデ・レーケじゃね?」となったのかもしれません。有名人って昔から大変だったんですね。
昔とあまり変わらないのは有名人ばかりではないでしょう。「誰かが言った情報が事実かどうか確認するのは大変だし面倒くさい。でも、なんかマジっぽいし誰かに伝えてみよう」みたいになるのは、今のフェイクニュースと構造は同じです。今後はフェイクニュースへの対策が取られるでしょうし、それによって状況が少しはよくなっていくでしょうけれども、恐らくフェイクはゼロにならないでしょう。人ってどうしても嘘をつくし、嘘を信じてしまうこともある。新たなメディアができるたび、それ発のデマに振り回されるのも同様です。
何なら私が引用した情報が事実かどうか、キッチリ確認するのはその道のプロだって大変なわけです。そもそもこの文章は本当に星野梟月という人物が書いているのか。そういう名前のAIがダラダラ垂れ流しているのではないと誰が断言できるのか。そもそも、私もあなたも本当に存在しているのか。
分かりやすく煙に巻いて本日は終わりといたします。