鶏口牛後、鶏盲腸
「鶏口牛後」という言葉があるわけです。もともとは中国の有名な歴史書「史記」の中でも、「蘇秦列伝」に記された「鶏口となるとも牛後となるなかれ」から来ているようです。意味としては「デカくて強い組織の後ろにいるよりも、小さい組織のトップにいなさいな」みたいな感じです。牛がデカい組織、鶏が小さい組織を表しておりましているわけですね。
ちなみに、牛後は何かと申しますと、牛の尻を表すようです。一説には肛門じゃないかとも言われています。つまり、鶏口牛尻もしくは鶏口牛肛門と言っているわけですね。著名な歴史書でまさかの肛門談話でございます。
お尻話はともかく、鶏口牛後は史記が編纂された前漢の時代から数千年にもわたって伝わっている言葉でございますから、様々な時代の人が「分かるわ、マジ分かるわ」と共感したに違いありません。実際、会社や芸事など、小さなコミュニティの中でもトップを張っている人の中には、桁違いの能力を持っている人も意外といるんです。まさに鶏口牛後です。
ところで、世の中には「ハガキ職人」と呼ばれる方々がいます。ラジオや雑誌のコーナーに載りまくる常連の方々でございまして、一説には発祥は1985年頃に放送されていた、とんねるずのラジオ番組とのことです。名前から考えて、当時はラジオ番組にハガキでネタを送っていたと推測されます。
人気の芸能人がレギュラーとは言え、ひとつの番組のコーナーでございますから、小さなコミュニティと言っていいでしょう。少なくとも多くの人は知らない世界だったはず。
しかし、そんな小さなコミュニティでもトップを張る人間は能力があったのでしょう。ハガキ職人の多くは学生など、芸能とは関係のない立場でございましたが、とんねるずのラジオ番組の頃から、プロの構成作家として芸能の世界に飛び込んでゆく方がチラホラ現れ、現在もその流れは続いています。以下の動画では、そんなハガキ職人出身の構成作家である小川浩之さんへ石橋貴明さんがドッキリを仕掛けていまして、冒頭ではふたりの関係性が石橋さんの口から語られています。
30年以上も構成作家を続けてきたことからも、小川さんの能力の高さがうかがえます。まさに鶏口でございます。しかし、私は当時の番組を知りませんので、小川さんがどのような投稿をしていたのかは分かりません。ただ、別の事例で類推することは可能です。
例えば、その昔NHKで「着信御礼!ケータイ大喜利」という番組がございました。2005年に特番が放送され、レギュラー放送は2008年から2017年まで続きました。番組内容は、生放送中にお題を発表し、視聴者が携帯電話から回答を投稿、その中で面白いものを選抜して出演者が発表し、出来を判定する。投稿者はオオギリーガーと呼ばれておりまして、答えの評価によって段位が認定され、最高位はレジェンドオオギリーガーと呼ばれていました。
ハガキ職人に比べて名前は派手になりましたし、深夜とは言えNHKのテレビ番組です。鶏にしては大きめだったかもしれない。とは言え、鶏は鶏。こちらもやはり1番組の常連に過ぎません。放送当時だってオオギリーガーと言ったところで何らかのスポーツ選手だと思われるのが関の山でございました。
しかし、いくら送っても全く答えが読まれなかった私にはレジェンドのすごさがよく分かります。私が送った答えの数十段上の答えをポンポン出してくるんです。私は大喜利が苦手なんだと痛感させられました。
こちらもまた、レジェンドの中にプロとなった方がいまして、お笑い芸人ですと、おほしんたろうさんと赤嶺総理さんが今のところ確認できています。
まだまだ、お笑い好きでないと知らないお二人でございますけれども、レジェンドオオギリーガーと言うだけで崇めてしまいそうになる自分がいます。そりゃプロになるよなあと思わずにはいられません。
私、雑誌の投稿でも挫折しております。ゲーム雑誌「ファミ通」に「ファミ通町内会」という読者投稿コーナーがございます。これもちょこちょこ投稿してみたんですが、一向に載る気配がない。それどころか、桁違いに面白い常連投稿者に自信とプライドを分子レベルにまで粉砕されまして、もう笑うしかない。常連投稿者はすごいなあと思うと同時に、「自分はこういうのは向かないんだな」と再確認する羽目になりました。
その中に「概念覆す」という常連投稿者がいました。ハードルが上がりそうな名前ですが、ペンネーム通り、どうすればそんな発想が出てくるのかよく分からないけど笑える投稿を繰り返していました。そんなファミ通も大人になるにつれて読まなくなってしまいましたが、最近になって「概念覆す」さんがプロの芸人になっていると知りました。お笑いコンビ「コンピューター宇宙」のブティックあゆみさんです。
コンピューター宇宙は「水曜日のダウンタウン」で解散ドッキリをしたりと、チラホラ地上波で活動していますけれども、全国的にはまだまだ有名とは言い難いコンビでしょう。でも、「概念覆す」さんに楽しませてもらった私としては、目の前に現れたら訳が分からないまま、とりあえず土下座して敬意を払うと思います。
さて、そんなファミ通町内会でございますけれども、学生時代、一度だけ知ってる名前の投稿者を目撃しました。彼は本名フルネームをそのままペンネームに使っていたせいで、「どう見ても隣のクラスの男子じゃん」と気づけたんです。肝心のネタはシュールな絵にシュールな一言を添えている。常連投稿者には及ばないにしても、にやにや笑えるネタではございました。何より、知っている人があのファミ通町内会に載ったと思うと、何だか嬉しくなりました。同姓同名の別人である可能性もありましたが、その子の名前はちょっと特殊な字を使っている上、ペンネームに併記されている都道府県は私の住んでいるところと同じです。これは確定でしょう。
そう結論づけた私は早速ファミ通を持って隣のクラスに押しかけまして、その子にファミ通を見せて「ファミ通に載るなんてすげえじゃん」と喜んだんです。しかし、その子は表情を曇らせてました。
「何これ。俺、知らないよ」
後で知ったんですが、どうもその子の悪友が勝手に名前を借りて投稿したようなんです。適当に書いたネタだから絶対に採用されないと思ったら載ってしまい大いにビビったとか。それでも黙っていれば、悪友が雑誌の景品をコッソリもらって終わりだったんですが、私が余計なムーブをしたので本人にバレたと、そういうことのようです。
人には盲腸という臓器がございます。最近は「本当は必要だ」と言われているようですが、なくても余裕で何とかなることから結構切除されてしまいがちです。そんな感じで、生き物の身体は、別になくてもいい部分がチラホラあるようです。
鶏のような小さなコミュニティでも、「口」に位置する才能の塊もいれば、評価されないどころか害を振りまく、いわゆる「尻」に位置する人、そして私や隣のクラスの子みたいに特にプラスにもマイナスにもならない、盲腸みたいなタイプもいるんでしょう。何なら、私は小さなコミュニティからすぐ抜けてしまいましたから、切除された盲腸です。
今後、私はあの頃の自分を鶏口牛後のノリで「鶏盲腸」と呼ぶことにします。そんな名前、すぐ忘れるかもしれませんが。