ウイルソンとペットボトル
今よりお金がなかった話です。飲み物をガンガン飲みたいけれども、コンビニで買っていてはたちまち財政危機に陥る。だけど水道水を直に飲むのはあまりに味気なさすぎると思ったんです。そこで私、パックのお茶を鍋で煮出して2リットルのペットボトルに詰めまして、それをちょっとずつ飲むということをやっていました。水道水ガブ飲み生活に比べれば出費はかさんだでしょうけれども、コンビニで豪遊するのに比べればかなりの節約にはなったと思います。
もちろん、容器にペットボトルを採用した理由も支出を抑えるためでした。ただ、ペットボトルの口の狭さが難点となりました。ボトルから出すには問題ないのですが、ボトル内に液体を入れるとなると、こぼさずにうまくやるのはなかなか困難です。注ぎ口がとがったカップでもあればいいのですが、当時はそんなちゃんとしたものを持っていませんでした。
ペットボトルの悩みはペットボトルで解決するに限る。そう思い立った私、空になった2リットルペットボトルを中心辺りで真っ二つにぶった切りまして、それをカップとして使うことにしました。ペットボトルは大体直方体のため、角の部分をうまく使えばペットボトルにお茶を注ぐことができるようになります。
実際、安価な割には使い勝手がよかったため、私は長いことペットボトル製カップを使っていました。しかし、ここで奇妙な習慣ができあがります。空の2リットルペットボトルはご存じの通り、入手が楽な物体です。特別高価なわけではない。だから、その辺で買って、何らかの方法で中身を空にすればいいわけです。
しかし、それが分からなくなっていた私、「次のペットボトルはいつ手に入るか分からない」という強迫観念に憑りつかれまして、そのペットボトルカップを使うたびにちゃんと洗って乾燥させ、そしてまた使うを繰り返していました。そうこうしているうち、ペットボトルカップ自体に愛着が湧いてしまうという、いいんだか悪いんだかよく分からない循環が生じてゆく。
結局、引っ越しをするまでの間、同じペットボトルカップを使い続けました。たぶん、10年は余裕で使っていたと思います。本当は新居にも持って行こうとしたんですが、半分になった空のペットボトルをわざわざ引っ越し業者に運んでもらうのも意味が分からないなとの結論になりまして、引っ越しを機に捨てることとなりました。ただ、長いこと使っていると、他の人から見たらゴミ同然のペットボトルカップも戦友みたいな感じになってしまうため、捨てるかどうかそれなりに悩みました。
その昔、「キャスト・アウェイ」という映画がございました。主演はトム・ハンクスで、2000年公開の作品です。
トム・ハンクス演じる主人公は、飛行機の事故で無人島に辿り着き、サバイバル生活を余儀なくされます。その中で主人公は、バレーボールに「ウイルソン」と名前をつけて、良き話し相手にしました。そうやって、過酷な状況の中でも何とか精神を正常に保っていたということだと思います。ウイルソンには、たまたま表面についた主人公の血を使って顔が描かれており、これがより一層の相棒感を出すこととなります。ウイルソンの存在は見る者に強い印象を与えたためか、グッズとして販売されています。
主人公はいかだを作って無人島から脱出、もちろんウイルソンも一緒です。しかし、寝ている間にウイルソンは海に落ちてしまいます。もちろん、主人公は救出を試みますが、ウイルソンはドンドンいかだから遠ざかってしまい、断念せざるを得ませんでした。
なんか状況は全然違うけど、ペットボトルカップを手放す時に、ウイルソンとの別れを強いられた主人公を思い出しました。人ってそういうところありますよね。当時、既にキャスト・アウェイは「そんな映画あったね」みたいな存在でしたけれども、自分のよく分からない習慣のせいでキャスト・アウェイの素晴らしさを再確認した次第です。いや、再確認したのは素晴らしさじゃないかもしれませんが。