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芸人の潜在能力を見抜くのは難しい

 人を見抜くのは難しいとつくづく思います。企業の採用面接は、往々にして受ける側の苦労が語られますけれども、採用側の苦労も相当でしょう。

 何が難しいのか。幸か不幸か採用担当になった経験がないので予想しかできませんが、おおよそ3つの理由があると思います。

 まず、相手がどういう人間か簡単には分からない点です。付き合いの長い友人やパートナーでも、何を考えているかなんて分かり切れるものではありません。ましてや、数分から数十分の面接で相手の本質を見抜くなんて普通は不可能です。

 続いて、その人が職場でどんな影響を与えるか分からない点です。どんな人か面接で見抜けたところで、その人が職場に与える影響はとても予想できるものではありません。人の相性なんて実際に会ってみないと分からないですし、業務に適正があるかどうかも働いてみないと判断できない。

 最後に、その人が今後どう変わるか分からない点です。仮に面接官が手練れ中の手練れで、相手の本質をバッチリ見抜き、ちゃんと逸材を引き当てたとします。当然、逸材は職場でもうまくやっていく。でも、そこから人は更に変化します。怪我や病気をするかもしれませんし、いきなり殺意の波動に目覚めて己のスキルを悪事へつぎ込むようになるかもしれない。逆に、ウッカリ石油王を助けてアラブの王族との太いパイプを作り出すかもしれない。

 相手がどんな人なのか見抜くのも困難なのに、人は時間が経つにつれて変化する。そりゃ分からないはずです。だから、面接官がたまにいい人を引き当てたところで、それはただの偶然である可能性が高い。

 ところで、私はお笑いが好きなためか、たまにこんな質問をされます。「これから来そうなお笑い芸人って誰?」。

 これが困るんです。私は今の自分が面白いと思っている芸人だったら発表することができます。その中には、これから売れていこうと頑張っている人も多い。しかし、彼らが実際に売れるかと言えば、そうとは限らない。「これはマジで面白いな」と思った芸人の中には、賞レースで優勝して今もテレビに出まくっている方がいる一方で、いつの間にか芸人をやめてしまっている方もいる。ブレイクしても油断はできませんで、不祥事で表舞台から退場する方がいれば、特に何もしてないのにいつの間にか表舞台からいなくなっている方もいる。こんなの正確に予測できるわけがありません。

 それでも人間とは不思議なもので、予測できないと悔しいものです。特に、そうなる予兆が出ていたのに見逃してしまった場合、より一層、悔しい思いをする。

 例えば、アイデンティティというお笑いコンビがいます。所属は太田プロダクションで、結成は2004年と既にベテランの域に入っています。

 若手の頃からネタ番組などにチラホラ出演しておりまして、私も何度かネタを拝見しておりました。漫才もコントも両方やっておりまして、テレビに出ていることからも、それなりにネタは評価されていたでしょうけれども、ブレイクには至らない日々が続いていました。

 彼らがブレイクするのは、お笑い好きならご存じの通り、ボケの田島さんが野沢雅子さんのモノマネをやり始めてからでございます。正確には野沢雅子さん扮するドラゴンボールのキャラクターをモノマネしているわけですが、激変したアイデンティティを最初に見た時、私は衝撃を受けたんです。芸風を一変させたのはもちろんですけれども、やはりインパクトが強かったのはそのあまりに似すぎているモノマネでございました。

 「そんなに声が似てたんだ」と驚いた私、早速、過去のアイデンティティの映像を引っ張り出してきまして、田島さんの声に耳を澄ませました。すると、確かに似ている。声質と言っていいのか分かりませんが、声のベースは野沢雅子さんだと感じました。だから、ちょっと言い方を変えるだけで、簡単に野沢雅子さんへ似せられる。

 アイデンティティのネタは見ていたのに、田島さんの声が野沢雅子さんに似ていると気づけなかった。そう悔しがる私に、友人はこう言い放ちました。「誰目線で悔しがってんだ」。「そんなことで悔しがっている人間は地球上でお前だけだ」とも言われました。

 確かに、私はアイデンティティと何の関係もございません。一方的に知っているだけでございます。田島さんの声質に気づこうが気づくまいが、田島さんは勝手にモノマネを編み出し、売れていったはずです。そう分かっていても、なぜか悔しい。なんか悔しい。

 今でもアイデンティティを見ると、己の見る眼の無さを思い出し、静かに悔やむ自分がいます。

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