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夢の破壊で救われる

 子供の頃、怖いのが嫌いなのに、怖い話は好きだったんです。だから、好奇心に負けて読んでしまい、就寝前に後悔するなんてことを繰り返していました。特に読んでいたのは、全国の学生、具体的には小中高の各学校に通っている人から集めた短い怪談をまとめた本でした。いろんな場所のいろんな怖い話に、日夜ビビり倒していたものです。

 その本で印象深い話がございます。その方は昔から昼夜問わず幽霊が見えてしまうタイプだそうで、本当に悩んでいたそうです。そんなある日、電車に乗っていると、向かいに座っている女性の顔が一瞬だけ血だらけになった。「あれ、幽霊じゃないのにおかしいな」と思っていると、網棚からデカい荷物がドカッと落ちてきて女性の顔面を直撃、しっかり血だらけになったそうです。それで「自分には予知能力までついてしまったんじゃなかろうか」と不安になったとのこと。

 話はこれだけです。十代の学生が書いたお話なので、手に汗握るストーリーではありませんが、誰かが言っていた怖い話ですと、これくらいがむしろリアルなのかもしれません。本の中で話者が第2の能力に目覚める話はこれしかなく、だから印象深かったのだと今になって思います。

 ただ、今になって気になってきたんです。私がその本を読んだのはもう20年以上も前の話です。予知能力ゲットの彼が当時何歳だったのかは忘れましたが、ご存命ならば余裕で大人になっている。家庭を持っていてもおかしくない年齢です。そんな予知能力さんは、能力に目覚めた話が本に載ったことをどう思っているのでしょうか。

 まずありえるのは、恥ずかしい思い出として心の隅にしまっているパターンです。当時は注目されたくてそんなことを言っていた。本に載ったら景品がもらえると知って超能力をでっちあげてみた。マジでそういう能力を持っていると思い込もうとしていた。そんな忘れたくても忘れられない思い出になっている可能性がある。

 何だったら、まだ自分は予知能力が持っていると思い込んでいる可能性も考えられます。人に言うと妙な顔をされるから言わないけれども、心の中ではまだまだ能力者のつもりでいる。そんな長いこと中二病を保てるのは一種の才能ではあるでしょうけれども、なんか羨ましくない自分がいます。

 いやいや、どうして能力が偽物と断言できましょうか。本当に予知能力を取得した可能性だってちょっとはあるはずです。もしそうだとしたら、そんな能力が周囲に知れた日には何かと面倒ですから、ひた隠しにして生きるに違いない。予知能力で飯を食ってる未来もあるとは思いますが、そんな大っぴらにはできないでしょう。裏でヒッソリやっているはずです。

 こう考えると、最も幸福なのは、予知能力は嘘だけど、嘘をついたことをスッカリ忘れているパターンかもしれません。あの時の怪談本なんて今じゃ市場にほとんど出回っていないでしょうし、忘れたところで何の問題もない。

 と思いましたが、もっと幸福なパターンがありました。そもそもそんな怪談を投稿した学生は存在せず、編集部の誰かが勝手に書いた捏造だったパターンです。それならば、過去の恥ずかしい投稿をたまに思い出して声をあげたくなったり、マジの予知能力を抱えて苦しんだりしている大人がいないことになる。

 本来ならば、編集部の捏造なんて夢を壊すような事態ですけれども、今回に限って言えば、夢を壊したほうがよさそうです。夢の破壊もたまには役に立つのだと知った今日この頃でございました。

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