人知れず毒殺を覚悟した話
以前に勤めていた会社は中で食事ができなかったので、いつも食べに出かけていました。と言っても、ひとりでどこかの店に入っていてはなんか気が休まらない。そんなわけで、コンビニで適当なお弁当を買い、近くの広場でベンチに座って食べていました。
そこは一言で広場と申しましても、そばには図書館から運動場から美術館まで、いろんな公共施設が集まっている場所でした。そのせいなのか自販機のラインナップがやたらと充実しておりまして、入社当初にいろいろ飲み比べた結果、紙パックのバナナオレが一番うまいという結論になりました。
なぜか知りませんが、私は一度行動が定まると、あとはいくらそれを繰り返しても全然平気なように出来ています。コンビニでいつもの弁当を買い、いつもの広場に来て、いつものバナナオレを買う。それを退社するまで繰り返していました。何の誇張もなく、本当に繰り返していました。
大体は何事もなく昼食を食べ終え、会社に戻って午後の仕事に取り組んでいたのですが、毎日繰り返していれば何気ない昼食にもちょっとした異変が起こるものです。ある日、私がいつものように温めた弁当の入ったコンビニ袋をぶら下げてバナナオレが売っている自販機の前へやって参りますと、白人女性が自販機の前に立っておりました。隣には娘さんでしょうか、女性とよく似た白人少女が女性と手を繋いで立っていました。なぜか少女は泣きそうな顔で、逆に母親と思しき女性はムスッとした表情です。
女性は私を見かけるや否や、ムスッとした顔のまま私に何かを渡してきました。思わず受け取ると、紙パックのコーヒー牛乳でした。どういうつもりなのか聞こうにも、相手は日本語が通じるとは限りません。ただ、どうしたもんかと悩む暇もなく女性は少女の手を引いてどこかへ行ってしまいました。
一旦バナナオレを買って冷静になった私、もらったコーヒー牛乳を眺めながらいつもの昼食を食べていました。ですが、あまりにも棚ぼた的にコーヒー牛乳をゲットしたのに恐怖を覚え、食後のコーヒー牛乳とはいきませんでした。一応、毒か何かを注入された跡がないかパックを詳細に確かめてみましたが、それっぽい跡が発見されぬまま昼休みの時間が終わってしまいました。仕方がないのでコーヒー牛乳を自分のデスクまで持って帰りまして、仕事を再開したんです。しかし、パソコンの液晶画面から目をそらしますとそこにはもらったコーヒー牛乳が。気持ち悪いからと捨てる勇気もなく、かと言ってこのまま飲まなくては傷んでしまう。
覚悟を決めた私は当時やっていたSNSを開きますと、知らない白人女性からコーヒー牛乳をもらった旨を書き込み、それからコーヒー牛乳を一気に飲み切りました。何でSNSに書き込んだって、もし私が無味無臭の猛毒にやられて命を落としたとしても、私のこの書き込みが犯人特定に繋がるかもしれないじゃないですか。ちなみに味は普通のコーヒー牛乳でしたが、まだ無味無臭の猛毒という線は捨てきれない。油断はできないわけです。
結論は書くまでもありませんね。あの時の女性の行動は今となっては予想するしかできませんけれども、恐らく女性が自販機で飲み物を買おうとしたところ、娘さんがイタズラで飲めないコーヒー牛乳のボタンを押してしまったのでしょう。結果として、飲めないコーヒー牛乳を買ってしまった女性、捨てるよりも誰かにあげた方がマシだと判断し、たまたま近くにいた私へプレゼントしたと、そういうことでしょう。黙って渡したのは、女性は日本語を話せない方で、そして私が明らかに日本語を話しそうな外見だったため、母国語で言っても伝わらないと思ったからに違いありません。
しかし、桁違いの心配性だった私はあれこれ思い悩んだあげく、毒殺された後のことまで考えて行動してしまった。誰に言ってもバカにされそうなので、ここにコッソリと書いておきます。
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