ひょっとしたら助けがいるかもしれない掃除機
ひょっとしたら外で誰かの助けが要るようになるかもしれない。そんな方はしばしば、持ち物が多くなる傾向にあります。
例えば、歩くのが人より大変な方は杖を使います。もっと大変な方ですと松葉杖で頑張っていたリ、車椅子に乗っていたりする。見るのが大変な方は白杖を使ってちょっと先の様子をいつも確かめていたり、持ち物ではなくパートナーではありますが、盲導犬を連れていたりする。
もちろん、ひょっとしたら助けが要るような方の中には、特に持ち物が多くならない方もいらっしゃいます。楽と言えば楽ですが、難点もあります。もし助けが必要になった場合、周囲の人に「助けがいるな」と気づいてもらえない危険性が出てくる。そんなこともあって、「ひょっとしたら助けが要るかもしれません」ということを示すマークをつけている方がいらっしゃいます。周囲の人に「助けが必要かもしれないな」と思われやすくするわけです。
街中を歩いていますと、たまにそのような方々をお見かけします。見かけるたびに「助けが必要になるかな」と思うんですが、何だかんだ誰かの助けが必要になるような緊急事態にはまず見舞われません。だから、大体は何事もなく通りすぎるんですが、何千回に1回とか、そういうレベルで助けが必要になる場合もあるんです。そこでうまくできれば「よかったよかった」と思うわけなんですが、人間いつもうまくいくとは限らない。助けを求められても冷静にパパッと適切に動けない時だってあるでしょうし、動いたところで余計なことをしてしまうかもしれない。だから、多少なりとも成功率を上げておきたい私としては、見かけるたびにちょっと気にして歩いている次第です。
さて、そんなある日もとある大きな駅で電車を降りまして、改札へ向かうために階段を下りていたんです。すると、階段の隅にちょっと変わった格好の方が立っていました。身体の腰の辺りから管が出ていて、背中の方に伸びている。その背中には独特な箱が背負われている。
なんかちょっとした生命維持装置みたいだな、というのが私の第一印象でした。まあ、そもそも生命維持装置が必要な方は、まず駅の階段でたたずんではいませんから、何か別の装置だとは思うんですけれども、とにかく身体の調子を整える系のマシンなんだろうと思いました。つまり、持ち物が多いわけで、ひょっとしたら助けが要るようになるかもしれない方だなと思ったんです。
そういう方をお見かけしたら、助けが必要そうか確認し、大丈夫そうなら素知らぬふりをしてそばを通りすぎる私、この時は大丈夫そうでしたので、普通に通り過ぎようとしました。そして、間近で見て気づいたんです。「あ、これ掃除機だ」と。
要は階段を清掃している方だったんです。しかし、ホームに電車が止まり、大量の人が階段を下りてきた。当然、掃除は中断せざるを得ませんし、邪魔にならないよう、隅にいなければいけない。掃除機だって床に置いていては足が引っかかって転倒する恐れがございますから、駅の清掃員は本体を背負うタイプの掃除機を使っていました。ホースだって客に当たっては危ないですから、必然的に自身の身体に巻き付ける。その光景を生命維持装置と間違えたんです。
下手に気を利かせて「大丈夫ですか、何か手伝いますよ」と駆け寄らなくて本当によかったと思います。