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大型お笑い賞レースに存在する「手間」という参入障壁

 いいか悪いかは別として、手間が少ないほど人は行動に移しやすい。いくら「情けない」とか「怠け者」とか嘆いたところで、戦争を止めるのとお尻をかくの、始めるならどっちを選びますかという話なんです。世界平和の重要性が骨身に染みている人だって、とりあえずお尻をかくでしょう。それから平和活動に従事する。そういうことなんです。

 ところで、大型お笑い賞レースのM-1グランプリは参加組数が1万330組だったそうです。いよいよ1万組を突破しておりまして、当然ながら過去最多を更新しております。

 当然ながら、他の大型賞レースの参加組数も気になるところです。具体的にはR-1グランプリ、キングオブコント(以下「KOC」)、THE W(以下「THW」)、THE SECOND(以下「2ND」)ですね。M-1が休止していた2011~2014年に行われたTHE MANZAI(以下「TMZ」)も含まれます。以前にご紹介いたしました一覧に手を加えまして、2024年版を改めてご紹介いたします。

大型賞レース参加組数推移一覧

 グラフにすると以下の通りです。

単位は「組数」

 相変わらずM-1が他を圧倒している状態です。特に2021年以降は一貫して高い上昇傾向が見られます。KOCは多少の上下がありますけれども、基本的には2000~3000辺りをウロウロしています。TMZとTHWは微増、2NDは微々増といったところでしょうか。

 特徴的なのはR-1で、2009年までは急増し、そこから2018年まではほぼ平坦な時期が続きまして、2019年に激減、そこからまた上昇していき、2024年には激増しています。これは主にR-1出場条件の変化が影響を及ぼしていると推測されます。

 ここでもうひとつの指標をご紹介します。前回の参加組数を100%として、何%変化したかの一覧も併せてご紹介します。いわゆる昨対ですね。

赤字は昨対110%以上、青地は昨対100%未満

 変化自体が大きいのはKOCとR-1で、KOCは最高で昨対176%越え、R-1では最初期に200%越えを記録している他、今年も昨年の150%越えを果たしています。しかし、どちらも減少している時期が見られます。一方のM-1は最も参加組数の多い賞レースにもかかわらず、一貫して増加しています。しかも、前年より110%越えの年が最も多い。昨対でもM-1のすごさを見せつける形となっています。

 同じ大型賞レースでも、ここまで差が出る理由は何のか。きっと探せばいろいろ出てくるはずです。その中に、きっと「手間が多いか少ないか」があるんじゃないかと思ったんです。

 もちろん、最も出場者を制限しているのは「出場条件」です。主な条件を軽く整理してみます。

M-1:漫才のみ、プロアマ問わず、結成15年以下、性別問わず、ふたり以上
KOC:コントのみ、プロアマ問わず、芸歴・結成年制限なし、性別問わず、ふたり以上
R-1:ネタ制限なし、プロアマ問わず(ただし19-20は事実上プロのみ)、芸歴制限なし(ただし21-23は10年以内)、性別問わず、ひとりのみ
THW:ネタ制限なし、プロアマ問わず、芸歴・結成年問わず、女性のみ、人数問わず
2ND:漫才のみ、プロのみ、結成16年以上(ただし大型賞レース優勝者は除く)、性別問わず、ふたり以上
TMZ:漫才のみ、プロのみ、芸歴・結成年問わず、性別問わず、ふたり以上

 どの制限が特に効いているのでしょうか。2NDは「結成16年以上」が特に壁となっているでしょう。更に、「プロのみ」が出場条件の厳しさに拍車をかけています。「プロのみ」の条件がいかに厳しいかはTMZとM-1を較べれば分かると思います。M-1は2010年時点で4835組がエントリーしたのに対し、翌2011年のTMZに参加したのは1516組と、3000組以上も減っている。参加条件としてはかなり厳しいように見えます。

 THWはネタの制限もなければプロアマ問わず門戸が開かれており、芸歴や結成年の制限もないですし、1組における人数にも制限はありません。ただ、性別を女性に限定しているだけで参加組数は現状、1000組以下に留まっています。今後も増加していく可能性は高いですが、今のところは女性芸人の少なさを反映した結果となっています。

 R-1は先ほども触れました通り、出場条件を厳しくし、出場人数を減らしてから再び条件を緩和させるという歴史を辿っています。特に効いているのはアマチュアとプロで部門を分け、アマチュアを半ば締め出したような形となった時期でございまして、アマチュアがいなくなった分だけ参加人数も3割ほど減っています。芸歴制限の開始時期はアマチュア参加を再び認めた時期とかぶるため、芸歴制限の影響でどれくらいの参加者が減ったのかは不明ですが、芸歴制限を撤廃した途端に参加者が2000人近く増えたことを考えると、その影響は決して小さくなかったと考えられます。

 KOCは1組ふたり以上で、ネタがコントに限定されます。ただ、それ以外は特に制限がありません。むしろM-1のほうが制限はあるように見えます。しかし、数は圧倒的にM-1のほうが多い。これはどういうことでしょうか。

 その理由が「手間がどれだけかかるか」だと思うんです。漫才とコントでは始めるまでに手間の差があるのではないかという推測です。

 漫才は、例外はありますが、基本的には手ぶらでマイクの前に立ち、会話と動作でネタを披露していきます。しかも、マイクは会場で用意してもらえることが大半です。だから、ネタと衣装さえ用意できれば何とかなる。何なら、舞台に上がる直前にネタを変更することもできる。

 一方、コントが用意するのは衣装ばかりではございません。大きなものから小さなものまで様々な道具を用意しなければいけませんし、音楽や効果音を流すのであればそれも用意する必要が出てくる。照明などの舞台装置を使う場合は、その分だけ会場スタッフとの打ち合わせをすることが増える。直前のネタ変更は難しいでしょう。

 しかも、コントはその性質上、役や設定を必ず作らなければいけません。舞台や人物の設定から考えるわけで、人によっては漫才よりも考えるものが多いと考える方がいるかもしれません。

 そのような理由により、コントは漫才よりも手間がかかる、少なくともそう思う人がいて、それが参加組数に影響を与えている可能性があるのではないかと考えられます。

 だったら、ピンの大会であるR-1の人数がM-1を超えてもよさそうなものです。何しろ、ネタさえあれば自分ひとりが手ぶらで行っても大丈夫なんです。他の人を誘う手間がない。しかも、今は芸歴制限がありませんし、プロアマも性別も問いません。実際に芸歴制限が撤廃された今年は参加人数がグッと増えましたが、今のところM-1を超える兆しはそんなに見られない。これはどういうことなのでしょう。

 ピンだと責任が全部自分のところに飛んでくる怖さはあるかもしれません。すべった理由が己に全部降りかかる。隣に誰かいた方が、挑戦する側としては気が楽な場合もあるでしょう。ただ、「手間」という視点から考えると、また違った理由が出てきます。

 ピン芸で漫才にあたるものと言えば漫談です。マイクの前でひとり立ち、観客に語り掛けるスタイルでネタを披露する。たったひとり、手ぶらで勝負するネタでございます。しかし、この漫談、やれることがかなり限られます。ひとりですから、会話ができない。動きで何とかするにしたって、漫才に比べて伝えられる情報が少なくなってしまいます。

 そうなってくると、音楽や照明、モニター、フリップといった大道具小道具を使って情報量を増やそうとするのは当然でしょう。すると、用意すべきものが増える。つまり、手間が増えるわけです。

 もちろん、漫才もネタ作りは大変です。ちゃんとしたものを考えるとなると、時間がかかるでしょう。ただ、M-1は他の大会に比べて用意するものが少ない。小道具を持って会場入りする必要がまずない。そういう意味では手間が少なく、更に参入障壁も低い。それが参加人数の多さに影響を与えているのかもしれません。

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