高比良くるま『漫才過剰考察』
令和ロマン・高比良くるま著『漫才過剰考察』を読みました。ものすごく面白かったです。ちょっと見たことがない種類のオリジナルな芸人本でした。
一般的に、お笑いに関する分析や考察をまとめた本は、文章が固くなりがちなんですよね。たとえ芸人が書いたものであってもそうなるのが普通です。ナイツ・塙宣之さんの『言い訳』、かもめんたる・岩崎う大さんの『偽りなきコントの世界』、NON STYLE・石田明さんの『答え合わせ』なども、基本的には真面目な語り口で書かれています。
それはそれで問題ないんですが、くるまさんの今回の本では、真剣な内容の漫才論、お笑い論であるにもかかわらず、語り口が軽く、笑える要素を入れている。ここにこの本の独創性があります。
芸人が書く文章を読んでいると、たまにボケを盛り込みすぎているなあと感じることがあります。サービス精神でやっているのはわかるんだけど、そこまで多いと文章として読みにくいしバランスが悪いんじゃないの、と思ったりします。
でも、くるまさんの文章にはその種の違和感がありませんでした。軽いタッチで書かれてはいるんだけど、小ボケを挟みすぎて本筋からそれてしまうということはない。ちょうどいいバランスで「論」と「笑い」が見事に両立しています。
ここで語られていることの中には、ほかの芸人や専門家からも聞いたことがないような新しい切り口のお笑い論もたくさんあります。その意味でも画期的な作品です。
巻末に収録されている粗品さんとの対談も良かったです。ここでは粗品さんが普段あんまり語らないようなお笑いに関する戦略的なことを赤裸々に語っていて、普段の粗品さんの活動と照らし合わせると、答え合わせをしているような満足感がありました。
くるまさんの芸人としての最大の強みは、あの異常な分析癖やマシンガントークだと思われがちです。でも、この本を読んで改めて思ったのは、彼の最大の強みは「無欲さ」にあるのではないかということです。
くるまさんは、M-1で自分たちが勝とうとは思っていなかった、大会全体を盛り上げたかった、などとつねづね言っています。こういうのをネタじゃなくて本気で思っているところが、めちゃくちゃ変なんですよね。芸人なのに、自分が勝ちたい、自分が目立ちたい、という欲が一切ない。
その上で、この空気ならこのネタをやろう、というような、場の空気を読んでネタ選びをすることができる。粗品さんもくるまさんのその部分を絶賛していました。芸人なら多かれ少なかれ誰でもそういう能力はあるんだろうけど、その正確さ、精密さがずば抜けているんですよね。
超天才の人はだいたい自我が強いものです。そこが人間味でもあり、弱点でもあったりする。
でも、くるまさんは、能力は超天才なのに、余分な自意識がない。そこが非人間的であり、AIのような感じがする。そこに新世代っぽさを感じます。粗品さんも間違いなく新時代の超天才だと思いますが、くるまさんもそれとは違うタイプの超天才なんだなと思いました。