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芸人小説 イシライサヤカ(5)

20年だぁ???と、最近驚いた。
目が回るほど忙しかった三年と、ボケーっとする時間が多かった16年ちょっと。
ところが前者より後者の方が収入が良かったりするから不思議だ。
若い頃は給料制で今は歩合給だから。
どれだけハートウォッチャー時代は会社に摂取されていたんだ。
そしてどれだけ今は芸能界っておいしい仕事なんだと思う。
「イシライはいいよな」
同期だったり昔から仲の良い芸人にはよく言われる。
たいして面白くも才能もない俺がコンスタントに仕事をもらい、普通のサラリーマンでは稼げないお金を稼ぎ続けている。
俺より面白かったり才能のある他事務所の芸人でバイトしている奴もいるというのに。
飲みに行くとたまに酔った仲間が呟く言葉がある。
「俺も一発屋目指せばよかったなぁ」
一発屋。
お笑い、ギャグ、ヒット曲、ブームなど。
一発当たったが長く続かないことから言われることになったフレーズ。
一発屋というとネガティブなイメージが強いが、実は一発屋になることで仕事が続く。
歌手ならヒット曲ひとつで全国をまわれたり印税が入ったり。
お笑いでもテレビでは「一発屋」扱いでも地方に行けば人気者。
一発ギャグやリズムネタは禁断の果実と言われ、それをやると売れるかもしれないが長くは続かないと言われ、本気で芸人やタレントを目指す人の中にはそこを避けてきた人もいる。
そういう人たちが言うわけだ。
「俺も一発屋目指せばよかったなぁ」
最初は彼らの愚痴は一発屋で売れた人々への妬みなんだろうなと他人事のように聞いていたが、ある時気づいた。
「俺も一発屋目指せばよかったなぁ」
これを言う彼らはみんな俺の方を見て言っている。
「一発屋」
つまり一発屋は俺ってことなのだ、
だけど俺の中でそんな意識はなかった。
そんな意識。
自分が一発屋だったなんて。
一発屋の定義は、大きく当てた何かがあること、そしてその後急速に落ちていくこと。
一発や芸人を集めたトーク番組のあるあるで自分がいかに売れていたか忙しいかを自慢し、そのころの最高月収を語る。
「月最高で4000万円です」
「僕は年収2億の年がありました」
「着メロの印税だけで月3200万円でした」
そんな一派茶芸人の発言に「おぉ」とか「すげぇ」とか「マジで」と驚くMCやパネラーの方々。
だけどさ、俺は知っているぜ。
そのMCの年収は数億円だし、パネラーたちだって億に届く年収を稼いでいる。
「おぉ」じゃねーよ「すげぇ」じゃねーよ。すげーのはずっと一線にいるあんたたちだろーが。
一発屋は、自分が一発屋であることを自覚したうえでそれをアピールする。
最高年収を話し驚かれたり羨ましがられたりして、
それと比較しての落ち込みぶりや現在の暮らしを蔑目られたり哀れられたり。
一発屋の知り合いに聞いたことがあるのだが、このような番組に出ることは友人知人親戚一同からは賛否どちらの意見も出るそうだ。
「否」
なんであんな番組出るの。
あんたがバカにされたり笑われる姿見たくないよ。
恥を知れ恥を。
言葉で書くとかなり厳しい。
逆に「賛」
テレビ見たよ。
面白かったよ。
元売れてた一発屋という肩書で売れている姿を普通に応援してくれる。
一発屋だろうが笑われようが、テレビに出るのはすごい!そういう評価。

「昔売れていたころの話するだけでギャラもらえて、これ見たイベンターから営業の仕事もらえるんだ」
「過去のネタで仕事がもらえるんだからこんなおいしい仕事ないよ」
だそうだ。
その知り合いに俺も聞かれたよ。
「イシライは、一発屋芸人とか出たことないよな」
うん。
そうなのだ。一発屋芸人の類の番組に出演したことが無い。そもそも依頼もない。事務所で断っているのかもしれないけど。
そもそも・・・俺は一発屋なのか?
もともとブレイクしたのはテレビのロケ番組だし、歌もヒットして紅白も出てるから一発屋の資格があるのかもしれない。
一時期売れっ子だったのにいつの間に消えた…と。
ただ俺自身一発屋とか消えたとか思ったことが一度もない。
無理をしてるわけでもカッコつけてるわけでもなく19年間、それなりに働いている。
多分普通の38歳よりは多い給料をもらっているし、それでいてレギュラー番組をいくつも抱えたりしていないので普通のサラリーマン以上に時間がある。
なんとなく入った芸能界。
たしか最初に出たテレビ番組で将来の夢はと聞かれた時、
「冠番組を持ちたい」
とか
「売れっ子になって女優と結婚したい」
など夢や野望を語る芸人仲間たちを尻目に俺が答えたのは
「週休3日で月給30万円」
他の芸人とかぶらない発言で
「野望が無いな」
「月30って微妙にリアル」
など出演者にいじられたが、ギャグでも何でもなく本気で願っていた。
そして今、その目標以上に稼ぎ目標以上に休んでいるのだから
18歳の俺にそれを話したら死ぬほど喜ぶかもしれないな。
俺は喜んでいないけど。
野望は無いが仕事はなくならない。
仕事はあるがやりがいは…。
気づいたらオースナーの所属タレントの中でもかなりのベテランの域に入ってきた。
俺より上は売れっ子ばかり。
下も冠番組を持つ芸人もチラホラ表れている。
「お前らもっと頑張れよ」
「芸を磨けよ」
先輩は後輩にそう𠮟咤するものだが、もう先輩芸人は俺にそんな言葉をかけてくれない。
そして俺も後輩芸人にそんな言葉をかけることはない。
事務所のライブもデビュー当時以来出演していないから若手と話す機会も少ないし。
何もかもぬるま湯。
そうぬるま湯。
ぬるま湯すぎて不安も不満も感じるのを忘れかけていた。
忘れかけていた…そんな時。
元相方が…死んだ。

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