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コミュニティFMに手を振って 第10話

次の日、出社すると、すでに局長と長内はお掃除ロボットと化していた。
昨日の夜のことは長内も言われていない。そんな雰囲気だ。コソコソと玄関に移動すると那波がやって来た。
「安原さんおはよう。昨日聞いたわよ」
聞いた、の前に謝罪はないのか?
「面白かったわ、なかなかやるわねぇ」
褒める、の前に謝罪はないのか。
「あれがラジオよねぇ」
 ラジオ。この発言、長内、野本に続いて3人目だ。この人、ラジオ知っているんだぁ。
「朝9時になりました。今日もモーニングシャウト正午まで生放送でお送りしますが、ちょっと聞いて。私昨日腰痛でさぁ…」
いつものように無駄話と下品なトークとギャハハッの笑い声。那波さん、ラジオって何ですか?9時からのミーティングでは、海賊放送の話は一切出てこなかった。
「局長は余計なことしたくないんだよ」
 ミーティングが終わると、ホワイトボードに『十勝川温泉ホテルほか』と書き、局長は忙しいふりをして局を出る。本物の営業の時は会社名をしっかり書く。一週間に1.2回だけ。わかりやすい人だ。
今日の私は正午と2時のビートインフォメーション。昨日のモーニングシャウトの後、「うちのパンも紹介してください」とパン屋さんからメールをもらった。自転車で行けない距離じゃないので取材がてら行ってみることにする。ホワイトボードに取材・ブランジェリーUNOと書くと、
「私ホットベーコンサンドとクリームパン」
野本から頼まれる。あの…買い出しじゃないんですが…。
ブランジェリーUNOを目指して中通りを抜け、川沿いのサイクリングロードを駆け抜ける。風が強く一瞬怯みそうになるが、川から風と共に運ばれる水しぶきが気持ち良い。サイクリングロードから道道へと移動し、ラストスパート。コンビニを抜けると左手にそれらしき看板。ブランジェリーUNO。見つかった。時刻は10時ちょうど。朝8時から営業しているそうで、ひと段落した様子。この時間に客はいなかった。
「宇野店長でしょうか?」
「みちるちゃんだよね!」
いきなり名前で呼ばれてびっくりした。
「覚えてない?帯城夏祭りで子供の頃、会っているよ。将来アナウンサーになりたいから何か手伝わせてくださいっていうから、抽選会の司会手伝ってもらって」
思い出した。10年前、私が中学生の頃。駅前が歩行者天国になる夏祭り。ステージではアマチュアバンドや学校の吹奏楽や合唱部、主婦や敬老サークルのフラダンスや詩吟など朝から晩まで繰り広げられた。ほとんどがアマチュアで、学生のモノマネやコントなんかは見るに堪えなかったが、お祭りの開放的な雰囲気がそれを許し、そしてどの見世物も友人知人家族が前の方の席を陣取り盛り上がっていた。私は中学で放送局に入っていて、その関係で祭りのステージ進行のお手伝いをした…と記憶していたが、当時ステージボランティアをしていた宇野店長の記憶とは明らかに異なっていた。
「司会者はフリーのアナウンサーを呼んでいたのに、私帯城八中で放送局に入っています。ステージで喋らせて下さいって売り込んでさ」
「私そんなこと言いましたっけ?」
「言ったよ。アナウンサーも面白がって、じゃあ、交代でステージ紹介しましょうって」
恥ずかしい。自分で売り込んでいたなんて。
「昨日ラジオ聞いてたら、あれ?安原みちるってあの時のみちるちゃんじゃないって思って」
モーニングシャウトのエンディングで、「帯城の飲食店やお店もどんどん取材しますので、安原みちるに来てほしい人はメールください」と告知した。それを聞いて宇野店長はメールをくれたのだ。私のことを知っているなら話が早い。宇野店長のインタビューを収録し、ブログ用の写真を撮影させてもらった。
「正午の放送で紹介しますんで聴いてくださいね」
「みちるちゃん、夢叶ってよかったね」
これと同じセリフ、2か月前に高校の先輩・田崎に言われた。
「みちる、夢叶ったんだな」
あの時は入社して5日目。やる気をなくしていた時に言われたので恥ずかしかったし、虚しい気持ちが強かった。今も恥ずかしい気持ちは変わらないし、堂々と夢が叶ったといえるような仕事はしていない。だけど…中学生の頃、お祭り会場でもマイクを持っていた私が、公共の電波で喋っている。夢の入り口までは、確かに来ている。私も、FMビートも、もっと変われるはず。
FMビートは北海道帯城市のコミュニティFM局。帯城市でしか聞こえないラジオ放送局だ。全国放送や全道放送のように、芸能人やアーティストは出演しない。そして東京や札幌から発信するような放送をする必要もない。10年前、私も司会を手伝った帯城夏祭りは、帯城市の人だけが楽しむ祭りだ。東京で何が流行っていようが関係ない。ここだからできること。地元のお祭りのノリをラジオでできないものか。昨日のモーニングシャウト、海賊放送、そしてパン屋さんでの昔話を思い出しながら考える。
みんなが「ラジオだね」と言ってくれる放送をFMビートで作りたい。店長からもらったパンを長内、野本と食べながら私はこんな話をした。
「お祭りはさ…」
長内が言う。
「年に一回だから、この日だけ楽しければって盛り上がるよね。知っている人が舞台で歌う。じゃあ俺はビール飲んで応援しようみたいに。そして祭りが終わると、楽しかったねって。ホントに楽しかったかわからないのよ。祭りのビールって高いし、焼きそばは不味いし。でもあの雰囲気にいると、それも含めて楽しもうって思う。あの世界をラジオで表現できれば喋り手と聞き手が一体化する。だけどお祭りは年に一回。不備があってもその日は楽しめて一年後また忘れた頃にお祭りがやってくる。ラジオは毎日やっている。毎日高いビール飲んで不味い焼きそば食べて毎日お祭りのテンションを保つことは難しいよね」
そこまで言って長内は「トイレ」と言い席を立った。
「あの人、惜しいのよね」
野本が言う。
「自分なりのラジオ論も持っているし、パーソナリティとしても悪くない。今のお祭りの話もなるほどって思うでしょ。でもそこまで。たぶん自分でも答えが見つからないんだと思うよ」
野本の長内論、わかりやすい。
「じゃあ野本さんは、どんな放送をしたら盛り上がると思いますか?」
私が野本に聞いている時、長内がトイレから戻ってきた。
「自分達が楽しい放送をすればいいって考えは、違うと思う」
野本は、長内を見て言う。
「だけど自分達が作っていても楽しくない放送は、もっと違うと思う」
それだけ言い、今度は野本がトイレに行った。
「あの人、ラジオ大好きなんだよ」
長内が言う。
「子供の頃からラジオが大好きで、学生時代俺の公開放送の常連だったんだから」
「えぇ、そうなんですかぁ」
「今の内緒な。これ話したら野本さん怒るから」
 この後も3人でいろいろ話した。中継の数を増やしたらどうだ。深夜番組を試験的に始めてみてはなど。結論は出なかったが、一時間近く3人で話したのは初めてでそれだけでも有意義な時間だった。
「またこういう話しましょうね」
私が言うと
「じゃあ今度はおにぎりで」
と野本。食べ物がないと集まれないのか!
FMビートがもっと聞いてもらえる放送局になるには?ボランティアパーソナリティにも聞いてみた。
「自分が楽しいことをやればいいんだよ」
玉木の意見。
「僕の番組って、メール多く届くし、SNSのフォロワーの数も一番多いと思う。市民全員に喜ばれる番組じゃなくて、一部に絞っていいからそこに刺さる番組をやるのが大事だよ」
確かにそうだ。だけど、玉木の一部は本当に一部。そしてSNSのフォロワーのほとんどは、帯城市民ではない。「全国にリスナーがいる」が玉木の主張ではあるが、全国各地に散らばったリスナーにフイットネス十勝や回転寿司マリンスター帯城店のCMを流しても何のメリットにもならない。
那波にも聞いてみた。
「地域の情報をもっと流すべき」
その通り。なのにどうして自分達の放送は、芸能人の不倫話や旦那への愚痴トークで盛り上げるのだろうか?
帯城芸術観光協会、十勝児童文化協会、帯城映画鑑賞協会、帯城の森文化と創造の会、十勝コミュニティカフェ連合、十勝の自然を守る会。あと何だっけ?多くの肩書持っているのだから、それをもっと生かしたらどうだろうか。
 十勝の文化の歴史や絵本の読み聞かせ、自然の大切さを語る番組など。肩書きからイメージできる番組はいくつもある。それを那波に伝えると、
「そんなものつまらないじゃない」
え!
「ラジオで十勝の文化とか歴史の話聞いて面白いと思う?大学教授とか定年退職になった爺さんが、自然を守るべきみたいな真面目腐った番組、朝から聞きたい?そんなものラジオ聞いている人は求めてないのよ」
 自分がやっている活動を「そんなもの」と言いきる那波に驚いてしまう。
ハイスクールラジオ組の三人にも聞いてみる。
「クラスのみんなラジオ聞いてないんです」
女子高生としては普通の回答。私も高校時代ラジオを聞いていなかった。そんなラジオなんかをラジオだからにする方法は?彼女達は口々に有名アーティストの名前を挙げる。
「○○がスタジオ来るなら見に来たい」
「▼▼が番組持ったらやばくない?」
次々有名アーティストや人気芸人の名前を言うが、やばくないし、それは無理だ。
TAIZENにも聞いてみる。TAIZENは閉局したスカイエフエムでも話していたので、独自のコミュニティFM論を持っているようで、本番前にもかかわらず語ってくれた。
「帯城だからできることやろう。だけど帯城だからできることって何?まずそこで躓くん。じゃあ帯城の歴史を語ればいいのか。アイヌ文化や酪農文化とか。教養としては大事だが、そういうことはNHKに任せておけばいい。コミュニティFMなんだから。地域なんだよ。ここは帯城市。だから帯城市の人を出す。帯城市の店を紹介する。帯城市を盛り上げる。それがラジオだよ。じゃ!」
 本番が近づき、軽く手を挙げてTAIZENがスタジオへ入っていった。 
TAIZENは決まったつもりだろうが、私の心には刺さってこない。結局那波と同じ。帯城市を盛り上げると言うが、TAIZENの番組は自分のファンにしか向けていない。「帯城」ではなくて「帯城に住むTAIZEN」の世界だけ。那波と一緒だ。でもTAIZENの言った言葉の中で頭に焼き付いた言葉もある。
「コミュニティFMなんだから。地域なんだよ」
地域。ここでしか聞けない。ここだけのもの。
私も考えてみる。
私が生まれた街。私は帯城が好きだろうか?本当は大学卒業後、東京で働きたかった。今だってチャンスがあれば大きな都市で喋りたいと思っている。でも…なんで私は東京や大阪といった大きな街の放送局で喋りたいと思っているのか。それが帯城じゃどうしてダメなんだろう。多くの肩書を持ちながらラジオじゃつまらないでしょ、という那波のことを言う前に、自分はどうなんだ?本気で帯城のこと、考えてみよう。次の日から、私は会う人全員に聞いてみた。局のスタッフ、ボランティアDJ、営業先、取材先、街を歩く人々、父や母にも聞いてみた。質問は一つだけ。
「帯城の一番いいところは何ですか?帯城といえば○○が一番と答えてください」
「一番、ひとつだけ?」
食べ物がおいしい、空気がきれい、具体的な食べ物や飲食店名、観光施設など複数挙げるが、一つだけというと多くの人が悩む。
「親戚が遊びに来たら豚丼のお店に連れて行くけど、帯城といえば豚丼はちょっと違うかなぁ」
「私は帯城動物園のシロクマが大好きだけど、ちょっと違うかなぁ」
質問の模様はすべて録音した。ラジオで流しますからと念を押して。父は1分以上迷って、私が差し出したマイクに緊張した口調で答える。母もよそ行きの声で。2人の答えは全く一緒。
「帯城といえば青い空が一番」
毎日10人分の声をラジオでオンエアする。
「個人的には屋台村が好きだけど…」
「スープカレーの雅が好きだけど、あそこ本店は札幌だから駄目だよねえ」
そんな迷っている過程も流し、その人の思う帯城の一番を言ってもらう。それを電波で流し続けた。その結果、帯城と言えば○○が一番。第1位は青空だった。帯城市は日本で一番日照率が高い市として知られる。空が澄んでいて青い空が広がる。その青さが美しく、十勝ブルーなんて言葉もあるほどだ。
マイクを向けられた帯城市民が考えた末に答えた一番。飲食店や観光施設が上位に入ると思っていたので意外ではあったがその結果に納得する。
TAIZENの答えも。
「帯城には良い場所が多いし、美味しい食べ物もいっぱいある。だけどそれらの店や場所を出て、天気が良い時と悪い時ではその感想も変わるんだよね。まぁまぁの料理食べて店を出て青空だったら美味しかったぁ!と思い、まぁまぁ楽しめた映画を見て、映画館出た後青空を見るとすげー面白かったってなる。青空が最高のスパイスだな」
それを聞いた長内は、
「お前の店もお前のライブもいつも夜だから、店出たら青空出てないからロクでもないんだな」
と悪態つく。
 その長内の答えは
「帯城と言えば青空とか、帯城と言えば豚丼とか、一つで括ることがもう帯城の評価にならないと思う」
それに対してのTAIZENは、
「ラジオでメッセージを伝える立場の人間が、一つの答えも満足に返せないようじゃおしまいだ」
 2人とも相手を批判するが、いろいろ話を聞いていると似たり寄ったりだなと私は思う。似たり寄ったり。悪い部分もだけど、良い部分も。
「帯城と言えば○○が一番」
 市民の声を毎日ジングル代わりにオンエア。その数は1か月で300人を超えた。市民の声が多くラジオから流れるのは、クライアントからも好評。取材に答えた人は、自分の声が流れるラジオ局をチェックする人も増えた。1か月間限定の予定だったが、思った以上の手応えがあったので、「ワンメッセージ」というタイトルでインタビュー企画をレギュラー化することになった。「ワンメッセージ」は、毎週1つのテーマに、帯城市民や帯城を訪れた人が回答する。
帯城市長にひとこと 
帯城にできたらいい施設
帯城で一番食べたいのはコレ!
 パーソナリティが、市民が、クライアントが、観光客が、同じテーマに対し真剣に答える。地元の新聞社やWEBニュースからも取り上げられ注目度が上がる。局へのメールも増え、街中でマイクを持って歩くと、声をかけてくれる人も増えてきた。このコーナーをスタートしたことで、各番組との連携も増えてきた。
「ワンメッセージで、帯城で見たい祭りってやってくれないかな?」
そう依頼を寄せたのは、帯城青年団。祭りの先を行く「ほちら」をやりたい彼らが率先して街頭アンケートをしてくれた。『ラジオDEほちら』の番組内でも「こんな祭りを見たい」のメッセージトークで盛り上がる。
椎村からはアマチュアバンド紹介のコーナーを持ちかけられる。
「社長に相談して、毎週15分枠なら広告出してくれるって」
 帯城アマチュアバンドコンテストの時のように、週に一組地元バンドを紹介する番組。番組名は「音楽の卵」。放送時間は毎週金曜日の19時から15分間。広告費が出るので、局長からもOKが出る。番組担当は私。第1回目のゲストは、以前見に行ったライブイベント・セレクト〇で印象に残ったサブカル。2回目のゲストにもセレクト〇で見たシルクハットにお願いした。
それから玉木。
「今はただ面白い番組を作れば良いって時代じゃないからね」
いちいち言い方は癪に障るが、玉木がスタートした、【局非公認ビートエムエム公式SNS】。SNSでは番組の情報や写真などを次々アップする。時には政治家の名前をもじった皮肉や、過激なコメントがプチ炎上。しかしそのおかげでフォロワー数が増えていく。FMビートは、アプリを使えば全国どこででも聞けるので、SNSを通じてラジオを聞くリスナーも増えた。ただしあざとい投稿が多く、クレームやスパムメールが増えている。SNSを局非公認にしたのも玉木のアイデア。
「もしやばくなったら閉鎖したらいい。局とは関係ないですよってね」
 局非公認ビートエムエム公式SNSは、開始から1か月でフォロワーが3万人を突破した。
ネット連携といえば野本が始めた『本気の帯城グルメブログ』も好評だ。実はグルメレビューサイト『食べドット』のレビュアーだった野本。十勝グルメストKの名で、多くのフォロワーを持つ、『食べドット』の中ではちょっとした有名人だったのだ。
「どうして今まで隠していたの?」
「隠していたわけじゃなくて、言う機会がなかっただけ」
 機会もなかったが、公表する気もなかったはず。それが『十勝グルメストK』のブログとSNSを始め、さらに十勝グルメストKは、ラジオパーソナリティ野本薫子だったと正体を明かす。木曜日のアフタヌーンシャウト内で『十勝グルメストK』コーナーを開始。番組ではこれまでレビューを書いた高評価のお店を紹介。野本が番組やSNSで紹介したお店がその夜に混雑するという小さなムーブメントも起きてきた。
 ハイスクールラジオ組では、市内中学校へのロケを慣行。その模様がスポーツ新聞で紹介され、彼女達の放送日には出待ちするファンまで現れた。そして…TAIZENは新曲を発表した。
「頭の中にバーッと曲が降りてきてね」
 TAIZENの新曲のタイトルは、「どこにいても」。 
聞き手によって解釈は変わるが、その歌は遠距離恋愛のカップルに向けたようにも、都会を諦め生まれ故郷で何かをする人にも、何十年と会っていない人や帰っていない地へ思いを馳せる歌にも感じるメッセージソングだ。普段のTAIZENの曲は聞いていても心に何も残らないが、この曲を初めて聞いた時、不覚にも涙が出そうになった。
 野本は泣いていた。
 
「おはようございます。まずは長内君報告あるんだって」
「はい。ハイスクールラジオ組の中で、帯城学習塾が新スポンサーになりました」
 毎朝掃除とタイムカードのことしか話さなかった会議が活発化してきた。いつもどこに行っているかわからなかった局長も営業や番組の中継に帯同するようになる。ギャハハ笑いでうるさいだけだったモーニングシャウトも少しずつリニューアル。毎日9時半からは、「お話し聞いてよ」のコーナーがスタートした。那波が代表を務める「読み語りの会」メンバーが童話や物語を読むコーナーだ。「名作映画を呼ぶ会」は、毎週火曜に「もう一度見たい映画」というコーナーを開始。ヨガサークル代表の小野瀬さんは、自宅で簡単聞いて効くヨガを開始。ラジオでヨガと最初は思ったが、これがまた好評だ。考えてみれば那波は様々な団体の代表やスタッフをやっていて顔が広いからボランティア番組をお願いしていたわけだ。それなのに、自分達が楽しければいいと、ラジオ番組ではそういった活動よりも、昨日見たテレビや旦那の愚痴ばかり。
「読み語りにしても映画にしてもラジオで話したら会議室代が浮くし、私はどうせ毎日ここに来ているから、集まる手間も減ってよかったわ」
 番組は「ガハハトーク」の100倍質が上り、映画やヨガ、読み聞かせなど番組で紹介した団体には次々問い合わせも来ているそうだ。
「これが私のやりたかったラジオなのよ」
 と息巻く那波。そういうことにしておこう。
 8月には帯城夏祭りが行われる。例年は実行委員が番組に出演するのと夏祭りを電話中継する程度だったが、今年は歩行者天国内のステージ会場の司会も担当。メイン司会は安原みちる。FMビートが担当するは6年ぶりらしい。私は中学の時飛び入りで参加して以来だから10年ぶり。懐かしくて照れくさくて、そして嬉しいお仕事だ。公開放送には、父と母も見に来た。
「みなさんこんにちは。FMビートより生放送・アフタヌーンシャウト。今日は帯城夏祭りSP版と題しまして、お祭り会場からの公開生放送です。会場の皆さんこんにちはー」
 会場からは「こんにちはー」と大きな掛け声が響く。100人くらい。身内が多いけど。
「初めて聞く人、初めてFMビートって名前を聞いた人もいるでしょうから、最初に説明させてください。FMビートは今から19年前、帯城市に開局したコミュニティFM局。今年12月で開局20周年を迎えます。いつもはスタジオから帯城の情報やトークや音楽を発信していますが、今日の発信者は帯城祭り参加の皆様。ステージの模様もラジオから生中継でお送りします。バンド演奏や吹奏楽部、合唱部などなど。フラダンスやちびっこ空手部の実技なんかは、ラジオを聴いているだけだとわからないかもしれませんが、そこはご愛嬌ということで。そしてステージの始まる前、終わった直後の主役は、私の前に座っているお客さん。あなた方です。皆さんが大きく拍手をしたり声援をかけていただければ、それがラジオの電波に乗ります。見ているだけ聞いているだけじゃなくて、一緒にラジオに参加してください」
 私がそう言い終わると、大きな拍手と歓声が飛んだ。これも全部ラジオから流れている。ステージのオープニングアクトはTAIZEN。
「普段はオリジナルソングが中心なのですが、今日は僕のことを知らない人もたくさんいますので、みんなが知っている歌中心にお届けします」
 一曲目はビートルズのイエスタデー、続いて上を向いて歩こう、それから乾杯。選曲は意外だったが、いつも俺様キャラは健在のステージ。合いうまでもなく野本は目をハートマークにして聞き惚れている。TAIZENの曲の途中でもさらに人の輪が広がる。
「最後は、僕のオリジナルソング・どこにいても」
 みんなの知っている曲と客層に合わせた喋りで観客を引き付けたTAIZENは、最後にオリジナルソングを歌い観客を一つにした。いつもはTAIZENに文句しか言わない長内でさえリズムを刻みながら聞いている。始まる前に「今日の俺は前座さ」とTAIZENは言っていた。
「どうせ前座って言いながら後から出る奴ら食ってやろうって気持ちでいると思うよ」
と長内は言っていたが、場を盛り上げる最高のスターターを演じてくれた。
「どうもありがとう。この後も帯城市民のたくさんのステージが繰り広げられます。時間の許す限りお楽しみください」
 TAIZENのステージが終わり、次々出し物が続く。夜の6時までの公開生放送でステージに出演するのはほとんどが素人。老人会のグダグダな川柳やピエロの格好をした子供が何もできずにステージから逃げ去ったりとご愛敬なものも多かったけど、祭りのラジオとしては成り立っていたと思う。ラストを迎える頃にはステージはスタート時の数倍以上のお客が集まっていた。
「こんなの初めてです」
 祭りのスタッフが言う。
「ラジオのパワーってすごいですね」
 そうだ。これがラジオなんだ。
「安原さん、あと5分で終わるから最後の挨拶お願いします」
「はい」
 そうか。終わっちゃうんだぁ。長丁場の司会を果たせた満足感とは別に、寂しい気持ちでいっぱいだ。でも祭りは今日で終わるけど、ラジオは明日も続く。そして今日は祭りだから聞いてくれた人、盛り上げてくれた人が明日も聞いてくれるとは限らない。日常のラジオに戻っても、帯城市民の生活にラジオがある日常。これがラジオ人として最大の目標。ラジオ人?
 
時刻はまもなく6時。夏の帯城の日の入り時間は夜7時ころ。一日好天に見舞われた帯城の空はきれいな青空が広がっている。
ホント青空がきれいだ。
「さぁ、午後1時から5時間に渡りお送りしたアフタヌーンシャウト帯城夏祭りSP版。お別れの時間が近づいてまいりました。ラジオから祭りの楽しさを伝えよう、音だけでどこまで祭りを伝えることができたのかわかりませんが、私達ができる限りの、聞く帯城夏祭りはできたかなと思います。そして、聞いていたらお祭りに行きたくなった。ラジオだけじゃ満足できないからお祭りに来たよ。そんな声をかけてもらいました。実はスタート時よりお客さんが増えています。皆さん拍手お願いします」
 私が言うと、観客から大きな拍手と声援が飛ぶ。
「すごいでしょ。台本通りです」
 私が言うと観客が笑う。もちろん台本なんてない。
「アフタヌーンシャウト帯城夏祭りSP版はまもなく終了ですが、夏祭りはまだまだ続きます。この後は仮装行列、それから花火大会。今ラジオ聞いているあなた。まだ間に合いますよ!それから夏祭りに来て初めてFMビートを知った方。FMビートでは朝9時から夜7時まで毎日放送中です。夏祭りは今日一日だけですが、ラジオは毎日放送中。我々パーソナリティにとっては毎日がお祭り気分。聞いてくれる人がラジオを聞いて少しでも楽しんでほしい、元気になって欲しい。そんな気持ちいっぱいで喋っています。ぜひぜひFMビートも聞いてくださいね。アフタヌーンシャウト帯城夏祭りSP版。パーソナリティは安原みちるでした!まだまだお祭り盛り上げるぞ!」
 私が言うと、観客はと歓声を上げてくれた。ヤバイ泣きそう、ここで泣いたら野本に何言われるかわからない…と思って舞台袖を見たら野本が泣いていた。もっとも野本は泣いていません!としらを切りとおしたけどね。
 
 #創作大賞2024 #お仕事小説部門

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