コミュニティFMに手を振って 第11話
帯城夏祭りが終わり、FMビートは秋の番組改編へ向けて動き出した。通常ラジオ放送の番組改編は4月と10月。ここ2.3年は辞めたボランティアの穴埋めやスポンサーのためだけのマイナーチェンジしかしていなかったが、今回はいつもと違うらしい。私が入社して5か月。少なくてもその時と今では局内の活発化は雲泥の差だ。
秋の番組改編。目玉の一つがモーニングシャウト。これまで那波を中心に参加できる人が放送するというざっくりすぎる番組だったが、メインMCが変更になる。その話を持ち掛けてきたのは那波。
「帯城に図書館を作る会のメンバーに元アナウンサーの石神さんがいてね。お願いしてみたらぜひやりたいって言うの」
石神はNHK帯城放送局で3年、民放テレビ局の帯城支局で5年アナウンサーとして活動後、結婚退職。子供が小学校に入学し手も離れてきたので、もし仕事があればと那波に相談したそうだ。
「私も忙しくなってきたんでねそろそろきちんとできる人にバトンタッチしようと思って」
メインMCに石神。那波らがコメンテーターやコーナー出演となり番組サポートに局のスタッフが入る。那波達ボランティアと違い、石神は元アナウンサーで毎日の拘束もある。どうするのかと思ったら、そこは局長が早かった。午前中のスポット広告として新たな会社の契約が入った。会社の名前は石神建設。石神の旦那は現在専務。近いうちに社長のポストに就くともっぱらの噂だ。そんな石神専務はアナウンサー時代の彼女の熱烈なファンで、アプローチの末に彼女をゲットしたのだとか。奥さんにベタ惚れなので、サポートの意味で広告を出してくれるそう。石神建設の広告費があれば、石神にギャラを払ってもお釣りがくる。朝の会議以外で存在感のなかった局長が大きな仕事をしてくれた。さらに正午から1時間新番組をスタート。タイトルは「ミュージックランチBOX」。ビートインフォメーションのスポンサーだった焼肉平和館の一社提供による60分プログラム。ここも局長が話を通してゲットした。番組はこれまでの情報コーナーと音楽を組み合わせたプログラム。正午から3時まで音楽を流しっぱなしというリスナー無視の放送体制の中からまず1時間を埋めることになる。番組担当は長内(月・火)、野本(水・木)、安原(金)。アフタヌーンシャウトと同じ担当なのでこの日は4時間出演することになる。アフタヌーンシャウト内にもクライアント用の番組が何本か入りそう。ここでも局長頑張っています!
「帯城電力で局長直属の上司である部長が専務に昇進しそうで、これが決まると本社に戻れるんだって」
とは野本の情報。それが本当だとして、そのためのアピールだって全然かまわない。番組が増え、広告が増え、リスナーも増える。私達はリスナーが楽しめる地域のラジオを発信する。それ以上でもそれ以下でもない。それだけだ!
秋の改編へ向け準備が進む8月末の水曜日。帯城市を揺るがす事件が起きる。いつものように放送の準備をしていると私の携帯電話が鳴る。着信の名前は局長。局長?
「安原さん、ニュース見たかい?」
「ニュース、何のですか?」
「帯満亭が賞味期限改ざんの疑いで保健所が捜査中」
「えっ」
「お父さんから何か聞いていたかい?」
「いえ、何も」
「そうか。帯満亭のスポットCMを外すように長内君には伝えるから」
局長はそれだけ言い終えると、電話を切った。帯満亭が…食品改ざん?私はスマホのニュースアプリを立ち上げる。あった。トップニュースだ。
北海道帯城市に本社を持つ菓子メーカー「帯満亭」は販売商品の「チーズナッツサンド」や「クリームチョコレート」の一部などで賞味期限を1か月長く改ざんして販売していたとして保健所の立ち入り検査が入った。
食品会社の改ざん問題は今まで何度も起きている。その都度ニュースやワイドショーが大きく取り上げた。問題となった商品は回収、そして販売中止、工場は営業中止。そこから復活を遂げる会社もあるが、大きな負債と失った信頼からのリスタートとなる。そして負債が重なりそのまま倒産した会社も。私の父は高校を卒業後、帯満亭に勤務した。工場、売り場、営業などを経て大卒や親族が立ち並ぶ上層部の中で取締役常務になったのは本人の努力の賜物だよと親戚に言われたことがある。父が帯満亭で働いているおかげで私は「常務の娘さん」と言われ、この局にもコネで就職させてもらった。外出していた長内が慌てた表情で戻ってくる。
「安原さん聞いた、帯満亭のこと?」
「はい」
「広告差し替えもろもろあるから打ち合わせします。野本さん呼んできて」
長内はスタジオに入り、那波らに何かを指示している。今の時刻は9時45分。そうだ、10時からのビートインフォメーションは帯満亭提供だった。喫煙室に行くと野本はビートインフォメーションと思われる原稿の下読みをしていた。
「あの…帯満亭のこと」
「あぁ、差し替え?」
「そのようです。長内さんが戻ってきて」
「そう」
「これから打ち合わせと言われました」
野本は頷き立ち上がり私に言う。
「まだちゃんとしたことわからないから、慰めとかフォローは後回し。とりあえず今できることしよう」
そうだ。動揺している場合じゃない。今できることをしなくては。10時からのビートインフォメーションは、ノースポンサーで通常通りの放送をこなす。FMビートの大株主でありメインスポンサーの帯満亭は局の広告収入の3割以上を担っている。同じく大株主の帯城電力と合わせておよそ7割。広告が少しずつ増えてきたといっても、広告費の安いコミュニティFM局では微々たるもの。ビートインフォメーション以外でも、帯満亭のスポットCMは毎時間1.2本流れている。CMは前日の夜までに設定したものを自動送信している。帯満亭のスポットCMがあらゆる時間に組まれている。一本のCMは20秒。10時台から夜の6時までに毎時流れる帯満亭を全て差し替える。空いた20秒には急遽番組宣伝のスポット。
「毎週金曜夜は、ラジオDEほちら。祭りの上を行く楽しい遊びを考える番組。僕達と一緒に帯城の新しい祭り考えましょう。ラジオDEほちらは、毎週金曜6時10分から」
こんな番組宣伝が、帯満亭のスポットCMと差し替えになる。CMは自動送信だが、設定に時間がかかるため10時台は手動で流すことになる。スタジオには野本が入り手動で送信。長内がCMの差し替えを編集している。私は…何もすることがなく、ただパソコンを眺めている。やることがあるはずなのに何も手がつかないし頭も回らない。正午からのインフォメーションは私の担当。今週末市民文化会館で行われる市民コーラスの紹介で取材の模様は収録済み。事前録音物があってよかった。これが今の正直な気持ちだ。
11時からのCM設定も終わりオフィスには長内、野本と私の3人。局長は各方面へ出て夕方まで戻れないとのこと。今日の各方面は、さぼりじゃなくて本当だろう。
長内が話す。
「現時点ではニュースで入っていることしかわからないし、我々がどうこうできることではありません。今できることは、帯満亭のCMを流さない。それと…これは局長からもお達しがでたのですが、帯満亭の話は一切しない。ニュースも含め帯満亭は禁句だそうです。マスコミの端くれにいる身としては納得できない部分もありますが、我々が今何かを語ったところで揚げ足を取られても困るので。那波さん達にも伝えました。夜のパーソナリティにもそれぞれ伝えていきましょう」
私は頷くだけ。
「正午のビートインフォメーション私が担当しようか?」
そう言ったのは野本。
「いえ。インタビューのパッケージですんで大丈夫」
「そう。2時台は?」
「テキスト用意しています」
「それ代わるよ」
「そうだな。放送は俺達二人でやるから」
二人の気持ちはありがたかったが、仕事をしている方が気も休まると思いその誘いは断った。
「以上正午のビートインフォメーションをお送りしました」
放送を終えスタジオを出ると、長内と野本、それに那波達がテレビのワイドショーを見ている。「帯満亭が賞味期限改ざん」という大きなテロップ付きで出ている。番組では、帯満亭の賞味期限改ざんが発覚するまでの過程、内部告発者のインタビュー。そしてそれに続き帯満亭社長の会見が流れる。
「賞味期限改ざんと言いますが、うちのお菓子は半年近く十分に美味しくいただけるものをあえて3か月という賞味期限にしているのです。だから1か月の改ざんと言われましても…」
この社長の会見に対し、コメンテーターは「社長の発言はいけない」、「反省を感じない」と猛バッシング。長時間取材を受け、同じような質問ばかりされ社長もイライラした部分もあったのでは。でもテレビではその部分だけを切り取って流す。
その結果、賞味期限改ざんをしたのに開き直り。この部分だけが大きくピックアップされてしまった。
2時のビートインフォメーションも予定通り私が担当した。周りは心配してくれるが、私には何もすることができない。
1本目は新得町の短編映画祭の話題。そして2本目はお菓子フェスティバル…あっ、帯満亭とは何も関係ないけど、今はお菓子の話題は読まない方が…2本目の記事を飛ばし、秋の児童館祭り、それから図書館の新刊情報を一冊ずつ作品名と作者までじっくり紹介して時間を消化した。放送を終え、私がスタジオを出たのとほぼ同時に局長が戻ってきた。いつもの忙しいふり疲れたふりじゃなく、本当に忙しい、疲れた表情だ。私の姿を見つけると「安原さん、お疲れ様」ととても優しく微笑んでくれる。
その優しい微笑みが見たことないだけに逆に怖い。オフィスには局長と長内、野本、そして私が集まる。
「ご存知のように今帯満亭は揺れています。系列会社である我々に多少なりとも影響が出る可能性があると思ってください。局への問い合わせが来た場合はこちらではわかりませんの一点張り。ラジオではニュースを含め帯満亭の話題は一切触れない。それを想像させるような言葉も慎んでください」
この後も帯満亭のCMを流さない以外、FMビートは普段と変わらない放送を続けた。仕事を終え自宅に帰る。まだ父は帰っていなかった。
「しばらく帰り遅くなるって昼にメールがきただけ」
父は夜11時過ぎに帰ってきて、私が起きる前には家を出た。翌日。帯満亭の工場が営業停止、そして全店舗の営業が休止となった。帯満亭は帯城本店をはじめ北海道内に全20店舗。それが全て営業停止になるのだから、大変なことだ。系列会社のラジオ局なんか構っている時間は無いだろう。局の親会社であり、月の広告費の3割以上を占める帯満亭の営業停止は弱小ラジオ局にとっては大きな痛手となった。
「夜8時まで必ず退社すること」
「電気はこまめに消すように」
局長の細かいお小言がミーティングで復活した。それでも取材先や営業先でこの話題が出ることはあったが、番組に大きな影響が出ることはなかった。あくまでも親会社が興した不祥事。我々は頑張ります!と。
…ところが、そうも言いきれない事態になる。続く時は続く。
帯満亭の改ざん問題の一週間後。もう一つの親会社・帯城電力の不祥事が報道される。近隣の原子力発電所がある町の元助役から、帯城電力の会長、社長、専務らが多くの役員が金品を受け取っていたことが国税局の調査で明らかになった。発電所関連工事を請け負った建設会社の受注額は相場の10倍近い価格で、入札は建設会社⇔町⇔帯城電力の間で密約が交わされた出来レースによって帯城電力幹部に裏金が渡っていたそうだ。このニュースが報道されたのは午前10時過ぎ。帯満亭の時同様、CMの放送中止、ならびに放送で帯城電力の話は一切しないことを決めた。決めたのは長内。朝9時の会議終了後、いつものように営業に出た局長とは連絡が取れずにいた。長内が言う。
「今回の主犯メンバーに局長の返り咲きのカギを握っていた飯田常務がいる。あの人が社長になれば自分も帯城電力に戻れるみたいなこと言ってたから…これでアウトだろうな」
長内は淡々と言う。
「これでアウト」
アウトなのは局長だけ?私達はアウトの火種に囲まれている。無視しても誤魔化しても火種は消えるどころかさらに燃える。その後次々と金品授与の内容が明るみになる。帯満亭と帯城電力。合わせておよそ7割の株と、6割を超える広告費。FMビートは、火種に完全に囲まれた。
「本当は続けたいのよ。お世話になっているし番組も盛り上がってきたし。だけどサポートしてくれている団体が、今は距離を空けてほしいって」
那波から番組降板の打診が入る。多くの団体に所属している那波には、多くの声が届く。石神建設もスポンサーを降り、石神妻も番組を降板する。
「みんながみんな反対しているわけじゃないんだけどね」
みんながみんなではないが、この時期にFMビートの番組に出演するのを快く思わない人もたくさんいるってことだ。那波達が出演するモーニングシャウトは改編を待たず8月で突然番組が終了した。
「さんざんお世話になったのに申し訳ない」
楽器店店長椎村さんの所属するCUグループもFMビートからの撤退を決めた。
「ボランティアで番組を続けたいと社長に言ったら、会社を辞めるのが条件だと言われて」
椎村さんの人生を狂わすわけにはいかない。月曜の椎村の番組と始まったばかりの「音楽の卵」があっという間に打ち切り。日中大量に流していたスポットCM全てが8月いっぱいで終了となった。
金曜日の青年団も番組の降板を申し出てきた。
ビートニックアワーは月曜日と金曜日が終了。
「俺は続けるよ」
と、玉木。
「私達は不祥事とか関係ないし」
と、ハイスクールラジオ組。
「こういう時こそ伝えなければいけないことがあるんじゃないかな」
と、TAIZEN
いずれも局長曰く金にならない番組だが、この状況でも残ってくれる人がいるのは心強い。緊急事態となったFMビートは、9月に急遽番組改編を行った。朝9時から正午までは「AMビート」。パーソナリティは長内。那波達が伝えていた文化情報や青年団が展開していたお祭り情報を引き継いで放送することに。3時からのアフタヌーンシャウトは毎日野本の担当に。そして私は正午からの「ミュージックランチBOX」をスタート。それと6時からのビートニックアワーのオープニングテラーを担当することに。オープニングテラーって?オープニングテラーは長内が作った造語。
「ドラマや映画とかでストーリーテラーっているじゃん。物語のあらすじを説明したりする人。あれのイメージでさ。ラジオだからストーリーのテラーよいうより、オープニングで今日の番組はこんなんです。それではどうぞ!と紹介する人。それがオープニングテラーってことで」
よくわからないオープニングテラーなんて肩書をなぜ作ったかというと、長内曰く今回の騒動で番組が弱体化したと思わせないためだそうだ。那波達と椎村と青年団は降板したが、これまでの放送時間は継続、さらに正午からも新番組がスタートした。FMビートはまだまだ元気ですと。
椎村と青年団が抜けた月曜と金曜のビートニックアワーは、週替わりで担当する。ボランティアパーソナリティをホームページで募集すると、こんな時なのに多くの問い合わせが届きびっくりする。
「毎週は大変そうだけど一回だけなら喋ってみたい」
ジャズファンの喫茶店マスター、アイドル大好き女子高生、地元帯農大学の酪農サークルや放送研究会、英会話教室を自宅で運営しているアメリカ人など週替わりで番組を担当する。それを紹介するオープニングテラーが私だ。
「6時10分になりました。FMビート。ここからのプログラムは、ビートニックアワー。週替わりパーソナリティが登場する月曜日。今日は帯城無線クラブの、初心者でも楽しい無線のススメ」
週替わりパーソナリティを募集すると、真っ先に電話をかけてきたのが帯城無線クラブの富樫。アマチュア無線クラブ無料講習会の時は、2時間も話を聞かされそれに懲りて、その後電話が来たときは「いま、枠がないので」とか「情報だけなら」と誤魔化せたが、「ボランティアDJ」を大々的に募集している今、やりたいと言われれば断れない。
「俺一人で50分も喋れないから安原さん一緒に喋ってくれや」
「本日は帯城アマチュア無線クラブ代表の富樫さんに来ていただいています。よろしくお願いします」
「よろしくどうぞ」
「まず富樫さん、無線って何?って人も多いので、まず無線のことを説明してくれますか?」
「はい。えぇ、なかなか一言で言うのは難しいのですが、簡単に言うと…」
富樫は、簡単に説明と15分一人で喋り続けたが、結局無線が何だか理解できる代物ではなかった。
「なるほど。皆さん理解いただけたでしょうか」
その後も一つの質問への回答がどれも10分以上。無線の話、アマチュア無線クラブの活動内容、無線を始めるために必要な資格や機材についての説明をしているうちに時間になってしまった。
「えぇ。富樫さん、そろそろお別れの時間です」
「えっ。まだ全然説明終わっていないですよ」
富樫は今日話そうと自分で書いてきた10枚あるメモをマイクの前でパラパラ揺らす。1枚目で15分喋った時点で足りなくなることに気づかなかったのか。
「詳しくは帯城アマチュア無線クラブのHPにも書かれていますので、興味のある方は帯城アマチュア無線クラブで検索して下さい。富樫さん今日はありがとうございました」
「50分ってあっという間なんですね。全然説明できませんでしたよ」
「興味がある人は調べてくれますよ」
「喋り切れなかったんで、また来週来ていいですか?」
「いえ…あの、毎週週替わりで市民に出演していただく番組なんですみません」
週替わりパーソナリティの月曜と金曜の出演には、私達の予想以上に問い合わせが来ている。だけどだいたいが、自分の会社や店、自分自身を宣伝したい人や目立ちたがり屋ばかり。
「あくまでも出演は一企業に付き一回。出演してラジオの効果や魅力を感じた方には、次から広告のお誘いをしましょう」
局長からそう言われているが、出演希望する人は、とてもじゃないがスポンサーになってくれるようなレベルではない。次の金曜日に出演したのは、プラモデル専門店の「秋元模型店」。
「番組でプラモデルの素晴らしさ、面白さを伝えさせてください」
帯城にプラモデル専門店があることすら知らなかった。
「一定の需要者がいるからお店は続いているんだろうけど、興味のない人からしたらいくら素晴らしさを伝えても魅力は感じないよ」
と、長内。その通りだと思う。番組ではプラモデルや秋元模型店の歴史。お店に置いているプラモデルの種類や数などをひたすら話す。私の仕事は、相槌と伝わりづらい時の補足と説明。
「安原さんが聞き上手で説明上手だから喋りやすいわ」
店長の秋元は上機嫌だったが、無線同様興味関心のある人以外には届かない内容。そして広告費を払うことはないだろう。その後も地元のアマチュア劇団が次回公演の宣伝で出演したり、歌声喫茶のマスターとママがお店の宣伝ついでに公共の電波でアカペラ歌い放題だったり、やりたい放題の番組が月曜と金曜に繰り広げられる。制約が少ない中でおよそ50分自分達の宣伝がし放題の番組で、出演者からは概ね好評。出演者からはね。
「また出してくださいね」
ほとんどの方がそう言い、なかには一度出演したのに当たり前のように申し込みのメールを送ってくる人も。そういう方には、広告料金の書かれた営業資料を添付して送る。
「次宣伝したいときはお金払ってくださいよぉ」と。
「もう一回無料で出してくれませんか」という連絡はあるが、「広告費を払います」という連絡は誰一人現れなかった。
帯満亭と帯城電力。二つの親会社が起こした不祥事でFMビートの広告収入は減る一方。
「俺達がいくら頑張ったって、上がちゃんとしてくれないと立て直せない」
「安原さん、本気でアナウンサーになりたいなら就職活動再開した方がいいわよ」
長内も野本も局の未来は危ない、絶望的だとマイナス的なことをいつも口にする。だけど放送の手は抜かない。那波達が去り午前中の番組を担当することになった長内は、交通情報に力を入れ、毎日ガソリンスタンドや国道沿い、高速道路近くのコンビニや道の駅へ生電話し、交通情報や天気、その日の話題などを伝えている。
「スタッフが少ないので中継にはなかなか行けないし、せめて電話で市民の声拾おうと思ってね」
野本はグルメと観光、そして音楽情報に番組を特化した。
「いつ無くなってもいいように好きなことだけ喋らせてもらうわ」
食べドットレビュアーであり、番組を通じて十勝の観光知識も豊富。そして音楽情報にはTAIZENが監修を申し出てきた。これも野本のモチベーションアップになっている。局は終わりだ、もうダメだと言いながら、2人の番組はその言葉と反比例にグレードを上げてきている。私が担当する「ミュージックランチBOX」はリクエスト&メッセージの1時間生プログラム。那波のピンチヒッターを担当したモーニングシャウトや長内と喋った海賊放送をイメージして、ラジオ版のSNS。誰でもメッセージを発信できるカラーを前面に出す。
どの番組もメッセージやSNSへの書き込みは増えてきた。そして金額の安いスポット広告ではあるが、少しずつ成約も伸びている。営業担当は沢村局長。番組をチェックし、私たちが紹介したお店や企業に局長が顔を出す。番組ではどこに電話したか、何を紹介したかを全てレポートで書くことになり、局長が営業先に行って聞けなかった時間の分は、そのレポートをチェックしている。
「変われば変わるもんだよなぁ」
と長内。
「帯城電力に戻る道が無くなっちゃったからね」
長内の口は悪いが、自分から局長に話しかけることも増えてきた。一気に6割以上の広告収入が減った負からのリスタートだけにそう簡単にはいかないだろうが、「頑張っていたらいつかはチャンスが来る」。そう信じて私達は毎日電波から情報と元気を発信し続けていた。
そして…その我々の活動に心を打たれたという人が現れた。良くも悪くも、FMビートの将来を決める使者が私達の前にやって来た。