Over the Sun_Shine

まだまだ若いと思っていたら、いいお年頃。いいお年頃だからこそ、子育て、お仕事、趣味など…

Over the Sun_Shine

まだまだ若いと思っていたら、いいお年頃。いいお年頃だからこそ、子育て、お仕事、趣味など、できることを全力でやりたい!と聞こえはいいが、奮闘の日々。心に思ったことを綴っていきます。

最近の記事

盛ってる人

最近、「盛りすぎだよ」出来事があった。 知り合ってから時間の経過と共に、物事を誇張し、自分がどれだけできるかを一見謙遜のように見える方法で誇示し、人付き合いよく搾取か提供かを使い分ける明確な二面性がある危うさを感じていた。 その盛ってる人が、言い出したイベント企画。何一つ決まらず、2ヶ月が過ぎて没にしたいと持ちかけられ、結局振り出しに戻った。 先週、友人が「盛ってる人は危うい」と言っていた。 危うさとは、いいところばかりを見せようと表面的な見栄えに苦心して、実態が伴ってい

    • 楽しいと思うことを仕事にする

      ということに、そうだよね!と深く納得をした。 その一方で、現実に自分で事業を始める、仕事を探すなどと考えた時に、深く納得した状態で進めるのかというと、どこかでブロックが働く。 もっと若かったら、子供がいなかったらなど、色々な心の声が聞こえてくる。 現実には、家族に恵まれ、年を重ねてきたからこその味わいもある。今の在り方だからこそ、素敵な友人にも巡り合い、心を開いていろいろなことを話し合える。今朝、それを「信頼」であることを教えてもらった。素直に、そんな友人たちの力になりたい

      • 世間話

        世の中の当たり障りのない話。気のおけない雑談。 通常、うわさ話や巷談の類をいう。 前々から気づいていたけど、今朝、確信犯的に「世間話」が苦手なことに気づいた。取り止めもない出来事や話から、朗らかな気持ちになり、人を惹きつけてやまない方々がいる。素敵だな〜と思う。 通常の解釈だと、「亭主元気で主婦がいい」のCMに出てきそうなOverさん達の巷の噂を思い浮かべる(笑) きっと自分の中に両方存在していると思う。できれば前者のようになりたい!社会との繋がりツールの一つとして、世

        • 大物になる子供

          先日、いつもと違う教育本を読んだ。 親がイラッとスイッチが入るところを起点に、子供の特性を見ていく視点が新しかった。 具体的には「大物になる子供」の特徴が挙げられていて、息子の特徴と多く重なることがあった。「思うようにいかない・うちの子変わってる」から「大物になる」に置き換えたら、「自分自身の思い込みや他者と比較してできない」ことに気づき猛烈に反省。 遅刻ギリギリに大泣きして行きたくないと訴えてきても、そんな時にひとりベッドで優雅に横になって外を眺めていても、そうかそうか

          最近の若者は

          今朝、数年ぶりにジムに行った。 運動してシャワーしてスッキリした状態で更衣室に入ったら、60代かと思しきおばさまが「最近の若者は自分が一番偉いと思っているのよ!」と、その方のお友達に吐き捨てるように言い、その場から去っていった。 なんとバツの悪いタイミングで入ってきたしまったのかという後悔、言われても知らんがなという気持ち、そして何よりこれは「万国共通の課題」なのだと気づいた。(ちなみにここはシンガポール) 世代感ギャップは、どの時代にでもある。だけど、この数十年で社会が

          月曜日の朝

          子供たちが小学校に行き始めて、自分のMonday Bluesなんてどこに行った? 子供たちが学校に行くために、全ての時間とエネルギーを注いでいる。 日曜日が楽しければ楽しいほど、月曜の朝は辛いみたい。そうだよね、という共感と共に、あと3分で始業!という密かな焦り。子供の気持ちに寄り添いながらも学校に足が向くのか試行錯誤していたら、救世主登場! 近所の6年生のお姉ちゃん。「学校に行くなら、ハッピーでいないとね」とキャンディーを差し出してくれた。それを受け取った瞬間から、子供

          本音を語る場所

          なかなかないな〜と思う今日この頃。 昔は近所の人だったり、常連のお店だったりが、偶然出会った人だったり。今はお金を出して聞いてもらう時代。 世の中が複雑すぎて、自分が演じている役割が多すぎて、なかなか繋がりや重なりが持てず、違う自分を演じていた。 だけど、「繋がりたい」願いと「繋がったら楽しいのに」から、越境をしてさまざまな人との出会いを大切に、繋がりを持たせてもらうようになり、どんどん楽しいことが生まれていく。その姿勢の変化からの起こることの変化に、自分でも驚く。 失敗

          本音を語る場所

          子供が学校を休む時

          突発的に起こり、しかもかなり困ります。 そして、どこにも行き場のないもどかしさが、グラーングラーンと心を揺さぶります。 時間に余裕があり、仕事に追われていないという認知ができて、現実にそうなっている場合は、ゆったりを子供に寄り添うことができる。そうでない場合は、どっちつかでイライラ。子供や家庭、そして職場にも中途半端に迷惑をかけている。 教訓:頼れる人に頼る。選択肢がなければ、休んで意識をココにむけ中途半端は辞める。 願望:いつか迷いなく教訓が活かせるようになりたい

          子供が学校を休む時

          子供と遊ぶ

          難易度高すぎ!毎日、仕事して家事して宿題見て、無理〜!と思っていた。 ところが、日々の小さなやりとりの中で、遊びにしてしまえばいいと気づいて、ハードル下がった!子供が「いや!」と言ったら、「え〜今のはNoなのか、本当はYesなのかどっち〜?」と聞いて、「Yes No Yes No Yes No No No!」と返ってくる。「どっちや〜w」と言いながら、くすぐって追いかける。そうこうしてるうちに「いいよ〜」と。 いつものようにイライラして反応してたら、ストレス高いし、誰も幸

          少しだけ違うことをしてみる

          今朝何年かぶりに、子供が小さい頃によく行った近所の公園のベンチに座って、お茶を飲んだ。 久々に座ったベンチは、思ったよりも深く座らなばならず、自然と身体が後ろに倒れ目線が上を向いた。青空に鱗雲が流れている! 少しの目線が変わるだけで、見える世界が違う。これは、日々の当たり前の中で見逃していることに気づけるチャンス。

          少しだけ違うことをしてみる

          限界を知る

          気付かぬうちに体力も精神も限界越えてたりする。 そして、気付かぬうちの「茹でガエル」となっていることに気づくこともある。 なかなか「自分のために」時間も労力も向けら得れないでいると、いつしかその構造の中でぐるぐる回っているだけで何年も経過していることがある。現実だけど、こう書き出してみると怖い。。。 日々世の中が激しく変わっている中で、本当は自分の身近も激しく変わっているはずなのに、変化を感じ辛い。生存本能のために、身近なことには気付こうとしていないのか。それも含んで客観

          オバサンは限界を超えて進化している 其の1

          先日、ほぼ同年齢の男性知人からこのラジオいいよ!と教えてもらった。 ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」 - TBSラジオ なんて素敵なお二人の会話!好きなことを言いつつ、共感的でアクティブで冒険も挑戦もどんどんされていてパワフル!常に進化している!なのに、取り止めもない会話にホット脱力。 それと同時に、40代も後半に差し掛かっても、「Over the Sun」という自覚が足りていないことに気づいた! 携帯を触っているときに、スクリーンに反射して映る自分の

          オバサンは限界を超えて進化している 其の1

          自分のために時間を使う

          時間って有限で世界のだもが一日24時間。だから、大切に使おう。 頭では十分わかっております!だけど、気がつくと人のために時間を使ってる。 家事に子供が何かをするの終えるまで、仕事でも相手ができるまで辛抱強く。 この方法は、どこかで期待値を設定して区切らないと、気がつくとシワシワのおばあちゃんだ〜!(きっと)

          自分のために時間を使う