僕なりの働く理由のアンサーについて

ちょこっと重い話。

人は無力だと思うようになった。

これは僕みたいな能力のない人間だけでなく、相当力のある人間、僕の尊敬する人間に対してもだ。

ただそれは決して人間に対して悲観しているのではなく、皆そうなんだ、当たり前なんだという感情である。

恐らく僕が無力なのは死ぬまで変わることはないだろうが、それに対して少しでも抗っていくための一つの選択肢として人生をかけて働いていくのかもしれない。

これが残り半年ちょっととなった大学院修士課程の人間が考えついた学生のうちによく自問自答する「なぜ働くのか」に対する一応のアンサーとなった。

ただそんなアンサーにたどり着いたのはつい最近のことであり、これまでは働くということに対してそんな感情は持っていなかった。ただお金を稼いで一般的な生活を送っていくために働いていく。それに対して自分の強みを活かせれば苦労が少なくなるから様々なことを学んでいくために学校があると思っていた。

そんな考えが大きく変わったのにはもちろんそれなりの理由がある。

知り合いが病気で亡くなってしまったからだ。

これまで祖父や知り合いのおじさんなどが亡くなったなどの機会は少なからずあったのだが、僕の同期、つまり20代前半という若さということもありショックがかなり大きかった。

そんな知り合いと僕との関係というのは大学で1番の友達という仲ではなかったが、学科内で10番目くらい、同じ研究室単位で2番というくらいの仲であった。そのような仲だったのだが、僕の人生において少なからず、いや、かなりの影響を及ぼしてくれた人であった。

まず僕が大学院に進学することに対して、背中を押してくれた人であった。実はこの知り合いも途中まで大学院に進学して卒業する予定であり、こいつと一緒ならなんとか良い方向になると考えていた。

次にただでさえ病気で辛いのにも関わらず、大学にできるだけ登校していた。そんな姿を見て、どんなに頑張ってもこの人には負けるけれども、その次に頑張ったと思えるように卒業まで過ごそうと思わせてくれた人であった。そのおかげで、この2年は小1から修士2年までの16、17年ちょいで1番頑張っている時間となり、とてつもなく多くのことを学ぶことができている。

そして冒頭に書いた僕なりの働く理由のアンサーである。

亡くなったという知らせを聞いてからお通夜までの数日間、僕はなぜ自分は研究しているのだろう、その後社会に出て、今の研究に近いことを行う予定だが、それが一体なんなんだ。どんなに良い方向に進んでも地球環境や温暖化が少し改善される可能性がある程度ではないか。

僕は無力

そんなことばかり考えていた。だが、その無力であることに対して必死に抗おうと思えるようになったのはお通夜でだ。最後にはじめて会う知り合いの両親と話す機会があった。そしたら、なぜかその両親は僕のことを知ってくれていた。

僕は驚いた。会ったこと無いのに、なぜ知ってくれているのだろうか。しかも僕がここまで人が変わったかのように頑張れている理由はその知り合いのおかげだということを知っているニュアンスでの会話であった。

もちろんそこではなんで知っているのか聞くことはできなかったが、2日後、教授からご飯に誘われ、思い切ってそのことを話すと、教授はいきなり僕に謝ってきた。そして実は教授が知り合いとその両親に僕のことを話していたらしい。確かに教授にだけは僕がここまで頑張っている理由を話した記憶がある。そしてどういう経緯で話すことになったのかはわからないが、何か話すタイミングがあったらしい。

そんなことがあったとは、お通夜のときは知らずただ頷いて話していた。そして最後に

「これからも頑張って」

と言われた。その帰り道、電車に揺られながら、僕は考えた。僕が無力なのは今後も変わらない。尊敬している教授も自分がいかに無力かということを言っていた。恐らくほとんどの人間は無力なのだろう。

だが、抗うことはできるじゃないか

これから僕には一応抗う期間が残されている。明日までかもしれないし、100年後までかもしれない。無力な自分に対して抗う期間が残されているじゃないか。そのために社会に出て働く、死ぬまで学び続ける、そうやって頑張っていこうと僕は心の中で誓った。

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