がん患者同士でも話せないことはある
どうして個別の相談を受けるのか
私が代表を務める卵巣がん体験者の会スマイリーは2019年3月まで「会員」として患者さんやご家族が参加してくださる運営方式でした。
2019年、私自身がこれまでのように患者会運営に時間を割くことが困難になったことから一度は患者会を廃止する決意をし気持ちがブレないよう宣言もし活動の最終日を迎えました。
患者さんも廃止になるのは十分理解をしてくださっていたのかこの日までに会員同士がLINEのアドレス交換をしてグループが作られているという話も耳にしていました。
またメールアドレスの交換や、別の患者会に入られた方もいると伺っていました。
東京卵巣がんフォーラムを活動最終日に開催しました。
当日医師の講義がはじまったので外に出て少し休んでいたらある患者さんが追いかけてきました。
「私の病状は片木さんが一番よくわかっていると思うの。再発を繰り返し、いまは抗がん剤が効かず、まさに崖っぷち。」
「同じ病気に罹患したのに元気に過ごしている患者さんを見るとなんともいえない感情に襲われて怖いの。」
「こういう黒い気持ちは、あなたにしか話せないことなのよ。」
彼女は私にしがみつき大粒の涙をぼろぼろこぼして話してくれました。
私は彼女の涙が止まるのを待ち、フォーラムの部屋に彼女を届けた後、会のサポートをしてくださってる法律家の先生に電話をして継続の方向が残せないのか相談をしました。
そして組織のあり方を再検討し、いま「会員を有さない」患者会運営をしています。
会員を有さない以上、会費という運営資金もありませんし、できることは限られているので現在は個別相談を中心に活動を続けています。
ときどき「おひとりさま患者会」と揶揄されていることはしっていますが、コロナ騒ぎの間、少し相談は減ったものの2020年1月1日から6月30日までのあいだも100件を超える患者さんの個別相談を受けています。
「どうして患者さんの個別相談をあなたが受けるのか」
「がん相談支援センターやホットラインなどあるじゃないか」
24時間365日、およそ10年もの間、年平均600件の相談を受けていた私を心配して何度もそのような問いかけをされたことがありました。
私自身も個別相談を受けていても無力を感じるし限界だと思っていたところもあったので、生活が変わるのを機に廃止を決断したのです。
同じ卵巣がんを経験したからといって簡単に他の患者と向き合えるわけじゃないことを痛感していました。
でもいままた個別相談を受けている・・・。
同じがん患者だから話せないことがある
私ががんになったころ治療を受けていた病院でとても親しくさせていただいた女性がいます。
佐々木さん(仮名)という方で卵巣がんの再発治療をされていました。
私は卵巣がんの治療後も経過観察のたびに佐々木さんのご自宅に伺ったり、入院されている時は病室に伺いおしゃべりをしていました。
しかし、あるときから、佐々木さんからのメールがこなくなり、私からメールを送ってもお返事をいただけない・・・3ヶ月ほどその期間があったように思います。
佐々木さんから電話がかかってきました。
「いま、ホスピスにいるの、そんなに時間はないから会いにきて欲しい。」
ホスピスに会いに行くと佐々木さんは少し痩せたものの、いつもの笑顔で出迎えてくれました。
言葉に詰まる私に佐々木さんはこう言ったのです。
「あなたが同じ病気だからこそホスピスについて話すのが嫌だった。」
「あなたは卵巣がんのことをネットを使っていろいろ調べて、いろんな治療法を私にアドバイスしてくるかもしれない。」
「だけど私は”やれることはやった”と思っているし、気持ちを揺さぶられたくない。」
「あなたが、いま元気でいろんなことができるからこその無神経さに触れるのが嫌だった。」
「あなたが私の病気が治らないのを知り病気にネガティブなイメージを持つのも嫌だった。」
なんかガツンと頭を殴られたような気がしました。
私自身も卵巣がんになったことを知らない友人から、2人目を産まないのかと尋ねられたり、一人っ子はかわいそうだといわれたり。
逆に卵巣がんのことを話している友人から、1人でも子供を産んでてよかったねといわれたり、生理がこないなんてうらやましいといわれたり。
当時開設していたブログには見知らぬ人から「中出しでやり放題」みたいな酷い言葉を書かれたり。
知ってても知らなくても傷つく言葉はいっぱい浴びていたし、それに傷つく自分が弱くて、人を妬んでいるようで、器が小さい人間のような気がして情けなくて辛かった。
同じ卵巣がん患者でも無神経なことをいってしまうし、言われた側はそれに怒る自分が辛いのだ。
そして同じ卵巣がん患者だからこそ相手を怖がらせたくない、傷つけたくないって佐々木さんは思って距離をとったんだ。
そして最後の時間に佐々木さんは患者会活動を始めようとしていた私に患者と向き合うことがどんなことなのか伝えようとしてくれてると感じました。
”私”にだから話せることがある
スマイリーの活動をはじめたとき、当時卵巣がんに適応をとっていないドキシル・ジェムザール・ハイカムチンの早期承認を求める署名活動が活動の柱であったため、集まっている多くの会員さんが「いま治療に苦慮している」「進行期でがんが見つかったために治療の選択肢を増やしたい」患者さんや家族でした。
私の無神経さにときには大きな衝突を繰り返し、会の存続が危ぶまれる時期もなかったとは言えません。
佐々木さんが心配したであろうとおり、私は患者さんに寄り添えなかったのです。
そこで私はいくつかの取り組みを自分に科しました。
ひとつはアドバイザーを置くこと、さまざまな卵巣がんに関わる職種の方に力になっていただき、私のアドバイザーになっていただきました。
また私は子供の頃から対人関係を築くのが苦手であったので対人援助のセミナーなどを受講し「コーチング」や「話し方」など勉強しました。
アナウンサーさんが発行した「このひとともっと話したいと思える話し方」みたいなハウツー本も山ほど読みました。
また接客ビジネス関係の本も読み、人との距離の上手なとりかたや守秘義務についても学びました。
もちろん当たり前の話ですが卵巣がんの相談において科学性ある正確な情報提供は不可欠ですから卵巣がんについて誰にも負けないくらい勉強したつもりです。
結果、私のことが苦手な方も相当におられると思いますが「あなたにしか話せないことがある」といって相談してくださる患者さんが徐々に増えました。
本当は患者会ですから、患者さん同士が相互に支え合えることが理想です。
しかし、スマイリーのおしゃべり会に参加していても、経過観察の患者さん、不安はあるけど再発はしていない患者さんたちを前に再発を繰り返している患者さんが話しづらいということも患者さんから伺っていました。
そんなときはおしゃべり会が終わった後、個別に話を聞いて欲しいのだとフォローを求められることもありました。
最近スマイリーの活動廃止がきまったときに、個別にメールの交換やラインの交換をしていたという方から、いつのまにか患者同士疎遠になってしまうというお話を耳にする機会がふえています。
「お互い病気のことや経過観察中のことを話して励まし合いたいのになんで・・・」
どんなに患者さん同士が親しくても、やはり全てを打ち明けることはむずかしいのではないかなと思います。
特に自身の病状やメンタル面が悪い時は、話す側は内容もある程度「手加減している」ことはあるのと思うのです。
患者さんの優しさ(手加減)
私に対しての患者さんの相談もそうで、多くの患者さんは気持ちの本当に辛いところを話しているかはわかりません。
辛い思いや苦しい胸の内すべてを「言語化」できるとは限らないと思うのです。
そしてそれを私にぶつけたとしても「状況はかわらない」ことを多くの患者さんは知っています。
だから私を苦しめない優しさをどこかもってくださったうえで相談されてるんだろうなと思います。
実際、この15年近い患者さんと向き合ってきた時間のなかで、ある患者さんと2時間ほど楽しそうにおしゃべりをして「片木さんと話すと元気が出るわ、あなたはいつまでもこうして患者さんを支えてね」と言葉をかけられたことがあります。
そのあとその患者さんは自死を選択されました。
きっと彼女は苦しく辛い思いを私に話せなかったのでしょう。
私も彼女のやりとりのなかで気づけなかった。
彼女が残していた手記を読みそのあまりの苦しみの深さに自分の無力に泣き崩れたことがあります。
でもきっと患者さんがその苦しさを私にぶつけなかったのは、思いをぶつけることで私を闇に引き摺り込まないよう手加減をしてくれた優しさなのだと今は思うようになりました。
病と向き合う患者さんの前で、「同じ病を経験したこと」って、たったそれだけのことであって、だからって特別な魔法があるわけじゃないんです。
それでも「話せる誰か」「あなたはあなたでいいんだよ」と受け止めてくれる、ただただ隣で聞いてくれる存在があることで病と向き合えるときがあるのも事実なので、私はいまも自分のできる範囲ではありますが、患者さんが必要としてくださるのであればと思い活動をしています。
親しくしていたはずの患者さんと連絡がとれなくて心配になったり、これまでの付き合いはなんだったんだと思う時もあるかもしれません。
でもそれは、話すことが、お互いにとって良いことと思えない時間なのかもしれません。
「便りなきことは元気な証拠」と思ったり「今は話すことはないんだな」と少し時間をとって待ってみることもひとつの優しさかもしれません。
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