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ビジネス歳時記 武士のおもてなし 「婚礼」第23話
「高砂や~」で結んだ、お家同士の縁組
11月は「神帰月(かみかえりづき)」とも呼ばれ、10月の「神無月(かんなづき)」で出雲に集まっていた神様たちが各地の神社に帰っていらっしゃる月といわれます。そのせいだけではないでしょうが、気候も落ち着く今月は一年で婚姻数※が多い月と言われています。11月は縁起のいい吉日※が多いことからもうかがわれます。
現在は、いつでも市役所に婚姻届を出せば結婚が成立しますが、江戸時代の武士はお仕えする藩主の許可が必要で、それに数カ月もかかるなど、その後の婚礼の宴にこぎつけるまで多くの時間がかかりました。今回は、「江戸時代のお武家さんの婚礼」の巻です。
女性が男性の元に「お嫁入り」する「結婚」という形ができ上がったのは江戸時代とされています。当時は本人同士よりも家と家との結びつきが重要で、特に武家の場合は藩の繁栄にもつながるものとして “政略縁組”で夫婦となることが当たり前でした。そのため、御家老役を通して「縁組願」を藩主に出して許可をもらう手続きから始まりました。
前田藩のある例では、付紙(つけがみ)と称する「殿様はよきにはからえといっている」という御家老のコメントがあれば許可されたということですが、それが本人たちに届くのは約3カ月後、なんとも悠長な時代でした。
婚姻の許可が下りると、結納などを贈ったり贈られたり、宴で振る舞い振る舞われたりと、婚礼までの儀式や作法に則った日々が始まります。そこで活躍するのが仲人ですが、「仲人にかけては至極名医なり」という川柳があるように、当時は医者が携わる例も多くありました。
その理由としては、家人の健康状態から家の奥向きの事情まで把握していたからで、江戸・京橋にいた大和慶庵のように仲人料が慶庵賃といわれるほどになった医者もいたそうです。その仲人料は、結納金や持参金の一割ほどでした。
なかには三大将軍徳川家光の養女が嫁いだ時の持参金が、化粧料という名目で法外な2000石(現在の米価から換算すると約1億円)だったという例もあります。関西の方では、この持参金を「敷銀」と呼び、婿側は家を建て直し、雇人を増やしたりするのに使ったという話も伝わっています。
ところで、嫁側が持ち込んだ「敷銀」や道具などは、離婚になった場合には、婿側から返さなくてはならないという法律がありました。「妻之諸道具持参金相返候上は離婚の儀、夫之心次第」(『律令要略』※)がそれで、嫁側に離婚される理由がない場合は、返却することが法律で定められていました。嫁側は、この返却金がまさに慰謝料となったわけで、女性の立場が弱い時代背景を考えても、幕府が法律でその保護を考えていたというのには驚きです。
祝い事には忌みな「別れる」「戻る」の話題になりましたが、藩主の許可を得てめでたく婚礼までこぎつけると、三日三晩にわたり宴が続くなどは当たり前。花嫁と花婿のお色直しの衣装の小袖は、結納の時に互いに贈った反物を仕立てて着るなど、今でいうプレゼント交換などの儀式も行われました。
そして、周りの招待客への贈答品や関係者に振る舞われるご祝儀の豪勢なこと。金沢藩の武家同士の婚礼では、花嫁に付き添う家来たちのご祝儀が通常の6倍の銀1匁(約4000円)など、祝い事はやはり破格のもてなしが行われています。
ところで祝いの品の「引き出物」の由来ですが、こうした祝宴の終わりに馬を引き出して贈り物とすることが行われていたのが始まりとか。まさに、今でいう自家用車をポーンと贈るような景気のいい馬の引き出物のお話で、今月の「武士のおもてなし」はお開きとさせていただきます。
【監修】
企画・構成 和文化ラボ
東京のグラフィックデザインオフィス 株式会社オーバル
※婚姻数
2021 年の総婚姻数は501,138件。11月度の婚姻件数は、58,219件。逆に最も少ない月は9月で29,225件。ちなみに、2010年の総婚姻数は700,222件。10年間で20万件も減っているというのも驚きだ(令和3年 人口動態統計 届出月別にみた年次別婚姻件数)
※吉日
11月11日「靴下の日(ペアーズデー、恋人たちの日)」、11月22日「いい夫婦の日」。
※『律令要略』
江戸幕府の先例、法例を箇条書の条文にした法律書。著者は北条氏長とされる。
参考資料
『復元 江戸生活図鑑』(笹間良彦著 柏書房)
『ビジュアル・ワイド江戸時代館』( 竹内誠監修 小学館)
『話の大事典』(日置昌一著 萬里閣)
『武士の家計簿』(磯田道史著 新潮新書)
『江戸武士の日常生活』(柴田純著 講談社)
『江戸の花嫁』(森下みさ子著 中公新書)
『ビクトリアル江戸2 大名と旗本』(市川俊男編集 学習研究社)