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ビジネス歳時記 武士のおもてなし 第14話「七夕と恋文」

文字で伝える、心の風景

「笹に短冊、七夕まつり」と、7月は五節句のひとつの七夕の行事がある月。文月ともいいますが、その昔、まだ紙が高価だった時代には、願い事を書く短冊の代わりに梶の葉を用いていました。この葉は、墨のノリが良いことから使われたそうですが、まさに葉書きもこんなところから始まっているのかもしれません。

この短冊に書く願いの文字も、7日の早朝、里芋の葉に降りた朝露を集めて墨を擦って書くと、願い事が叶うとか、字が上手になるとか、各地で言い伝えがあるようです。文字に願いを託す、そこには現在のようなメールとも違う、字間に込めた書き手の思いがありました。

それが、一番よく表れているのが手紙。武士たちも、複雑な規則があった公文書などの手紙は祐筆※という代筆をしてくれる専門家を立てましたが、私信の手紙には自筆が多く、その内容にはさまざまな物語が残されています。また、公文書は漢字を主とした書面でしたが、通常の手紙には女手や女文字と呼ばれていた平仮名が使われることが多く、より柔らかな印象が残されています。

「てんか」という署名で、浪人時代に世話になった老女の病気を気遣ったのは、レディーキラーこと豊臣秀吉※。
「~わが身浪人の時、ねんごろにいたし候を、今において忘れがたく候。今度患い候より聞き候て、案じ入り候。可哀く候まま、さてさて侘びごと文まいらせ候。かしく」 
                               てんか
 五さ    
        7月1日

内容は、「若い頃に受けた親切を、今でも忘れがたく思っています。この度、病気になられたということを聞いて心配しています。可哀想に思い、まずはお見舞いの手紙を差し上げようと思います」というもの。「五さ」は、この病に伏している女性の名前。署名の「てんか」は自分のこと。「殿下」か、「天下取り」という意味で書かれたのではと言われています。

おそらく秀吉が信長の草履を自らの身体で温めているような下積み時代に、この「五さ」という女性から、身の回りの世話を受けていたのでしょう。その恩を忘れず、この「五さ」を正妻の北政所※の付き人に取り立てて、優遇したということです。若い女性だけではなく、年老いた女性への心配りも忘れなかった秀吉は、女性たちからの受けは当然いいはずです。

また、北政所に宛てた手紙では、「一番好きなのは、そなた。二番目はお茶々※。今度の戦は長引くので陣中見舞いに来て欲しいが、あなたの歳を考えると身体が心配なので、お茶々に頼むことはどうだろうと相談したい」と、糟糠の妻の歳を気遣いつつも、自分の望みを上手に伝える“人たらし”ぶりを発揮しています。
                       
一方、この秀吉による九州攻めの戦で、最後まで抵抗した武将が薩摩藩の島津義弘※。また、二度にわたる朝鮮出兵では、行軍の最後尾で敵国の明の兵士たちと果敢に戦い、「鬼石曼子」(鬼の島津というところか)と恐れられた武将です。
 
その勇ましい武将としての半面、義弘は愛妻家としても知られていました。長い朝鮮行軍の間に、妻へ送った手紙が何通も残されています。「3年もの間、朝鮮で苦労してきたが、それも島津の家や子供たちのことを思えばこそだ。もし、自分が死んだら子供たちはどうなるだろうと思うと涙がとまらない。お前は子供たちもいるのだから、どうか強く生きてほしい。それが一万遍のお経を誦んでくれるより嬉しい」というもの。

妻と子供への深い愛情溢れる内容で、遺書とも取れるような手紙。武士としての覚悟を示しながらも、文字使いからは家族に心を寄せるやさしい気持ちが滲み出ています。それは、義弘が綴った精一杯のメッセージであり、妻へのもてなしの心を映す恋文だったからかもしれません。

【監修】
企画・構成 和文化ラボ
東京のグラフィックデザインオフィス 株式会社オーバル


※祐筆(ゆうひつ)
武家の職名で、文書・記録の作成をつかさどった。右筆とも書く。

※豊臣秀吉(1536-1598)
安土桃山時代の武将。織田信長に仕え、戦功をたてて羽柴秀吉と名のった。信長の死後に天下を統一し、太政大臣となり、豊臣太閤となる。

※北政所(1548-1624)
摂政・関白の妻の尊称。狭義には豊臣秀吉の正室おね(ねね)のことをさす。14歳で秀吉と結婚。内助の功を発揮した。

※お茶々(1567-1615)
豊臣秀吉の側室。秀頼を生み、秀吉の死後は大坂城に移る。茶々のほか二の丸殿、西の丸殿などの通称。淀君は後世の呼称。

※島津義弘(1535-1619)
戦国時代〜江戸初期の武将。薩摩藩15代目の藩主、島津貴久の次男。敵や味方を含む戦没者を弔う六地蔵塔の建設や、千利休からの茶道伝授でも有名。人徳のある武将として長寿を全うし、85歳で死去。


参考資料
『戦国武将の手紙』二木謙一著(角川文庫)
『戦国武将ものしり事典』奈良本辰也 監修(主婦と生活社)
『日本の歴史をよみなおす』網野善彦著(ちくま学芸文庫)
『日本風俗史事典』(弘文堂)
『島津義弘の賭け』山本博文著(中公文庫)


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