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ビジネス歳時記 武士のおもてなし「競馬」第34話

初夏の都を賑わせた、信長の優駿 たち

「午の月」という異称もある5月は、初夏の風の中を走る馬の季節。「優駿牝馬(オークス)」「東京優駿(日本ダービー)」※と、軒並み大きなレースが開催されて、競馬ファンの血を騒がせることになります。

それに負けず劣らず馬好きだったのは織田信長。とくに足の速い駿馬には結構な熱の入れようだったといわれています。集めた名馬を美しく着飾らせて騎馬隊として行進させたり、競馬(くらべうま)というレースを行ったりした背景には、天下統一に向けた信長の夢がありました。今回は、信長を中心に戦国時代の武士の馬事情をご紹介します。

武士にとって、馬は刀や弓などと同じように大切なものでした。信長が活躍した戦国時代は、馬上で一騎打ちで戦う戦術に歩兵や鉄砲隊なども加わり、集団で戦うためにどれだけの数の馬を用意できているかが、実力を示す物差しとなりました。「馬を繋がるるほどの人」といえば、位が高い武士のこと。足の速い駿馬は貴重で贈答にも使われています。今でも客に贈る「引出物」や、送別の際の「はなむけ(鼻向け)」は、この馬の贈答からきているそうです。

信長も記録に残るものだけでも、馬産地として有名だった奥州など数多くの大名から献上された馬が73頭、贈答に使った馬が34頭。天正9年(1581)、鳥取城を攻め落とした羽柴秀吉※にも、秘蔵している馬を3頭も与えています。それ以外で、生涯に各藩の大名から献上されたり、贈呈したりした数は数百頭にもなったといわれています。

信長が集めた名馬20頭が一堂にお目見えしたのが、天正2年(1574)5月5日に京都の賀茂別雷(かもわけいかづち)神社(上賀茂神社)で行われた賀茂競馬※です。日本の古式競馬ともいえるものですが、元々は天下平穏を願う神事として行われた祭礼のひとつ。2つのグループに分かれた乗り手が出走して競い合う単純なレースですが、この時、主催者の神社側が白羽の矢を立てたのが信長の名馬です。

現在の時代劇に出てくるのは、サラブレッドの血を引く体高160センチを超える馬ですが、当時は平均130センチ台のポニー程度の小型な馬が主流。その中で、信長が集めた馬は体高が150センチ近くあり、俊足、そして葦毛(あしげ)や鹿毛(かげ)や栗毛(くりげ)といった毛並みの美しい馬ばかりだったというのですから、さぞや人気を呼んだ催しになったことでしょう。

信長にとっては、自身の権力を表す馬を披露する格好の場になり、神社側としてはその力を地域や氏子に示すことができたわけです。来場した信長一行をもてなすために、神社の世話役は酒やカラスミなどの酒肴はもちろん、甘党の信長のために豆飴や串柿などを用意することも忘れませんでした。そのほか、信長は度々「馬揃え」という、持ち馬を披露する騎馬行進のような行事も催しました。

その時に参加したのが、山内一豊※と「鏡栗毛」という名の名馬。一豊が購入をあきらめかけた高額の馬でしたが、妻の千代が嫁入り時に実家から持参した化粧料※の黄金10両(今の価格にすると120~160万円くらい)のおかげで、名馬を購入して信長の注目を浴びてお目見えができたとされています。これぞ、内助の功で出世を掴んだというところでしょうか。
 
天正9年(1581)の正月には、京都の東に南北八町の馬場を設けて、明智光秀に馬揃え奉行を託した「京都馬揃え」を行っています。その先発で行進をしていたという光秀も、晴れの舞台で信長のために務めを果たしているときは、自身の運命が一年後の本能寺で激変するとは思わなかったのではないでしょうか。

【監修】
企画・構成 和文化ラボ
東京のグラフィックデザインオフィス 株式会社オーバル


※オークスと日本ダービー
どちらも高額賞金レースの大会とされるもの。2023年の今年はそれぞれ5月21日と28日に東京競馬場で開催される。

※羽柴秀吉[1536-1598]
豊臣秀吉の前名。織田信長のもとで戦功を立て、12万石の大名となったときに、木下の姓を羽柴に変えた。その後天下統一へと進み、豊臣となる。

※賀茂競馬
5月5日に京都市の上賀茂神社で行われる競馬神事。「かものくらべうま」ともいう。天下泰平・五穀豊穣を祈願した宮廷行事を元に始まった。神社境内の桜の木をスタートし、楓の木をゴールとするという。

※山内一豊[1548-1627]
安土桃山、江戸時代前期の武将。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康につかえた。世渡り上手、愛妻家としても有名で、生涯にわたり妻の千代の助言や内助の功も受け、最後は土佐藩の基礎をつくった。

※化粧料
中世から江戸時代、女子にその生存の間だけに限定して譲渡された財産。嫁入りの際、化粧代やこづかいとしての持参金とされた。


参考資料
『信長の馬・秀吉の馬』(公益財団法人馬事文化財団)
『戦国おもてなし時代 信長・秀吉の接待術』(金子拓著 淡交社)
『全国版 戦国時代人物事典』(歴史群像編集部編 学研パブリッシング)
『日本人と馬の文化史』(久慈勝男著 文眞堂)
『現代語訳 信長公記』(太田牛一著 中川太石訳 新人物文庫)
『クロニック 戦国全史』(講談社)
『日本の馬の意匠』(公益財団法人馬事文化財団)
『山内一豊と千代』(田端泰子著 岩波新書)
『山内一豊 負け組からの立身出世学』(小和田哲男著 PHP新書)



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