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ビジネス歳時記 武士のおもてなし 第19話「外食」

粋や通を味わった、江戸の接待

「稲刈り月」とも呼ばれた長月は、秋刀魚、戻り鰹、秋鮭、松茸、新米、新酒、新蕎麦、柿と、次々に旬の食材が出回るおいしい季節。昔から「京の着倒れ、大坂の食い倒れ、江戸の呑み倒れ」と三都の特徴は称されましたが、江戸時代後期の文化・文政時代(1804年~1830年)には、江戸には6000軒を超す食べ物屋が市中に軒を並べていた食い倒れの町でもありました。今回は、“女房を質に入れてでも初物を食べたい”といわれる食文化が花開き、下級武士から大名までの胃袋を満たした、江戸の魅力的な外食のお話です。
                        
江戸後期に外食が盛んになった理由のひとつに、参勤交代などで江戸詰めになった各藩の単身赴任の武士たちが多かったことが挙げられます。18世紀頃の江戸の人口は推定百万人、武士と町人の割合は半々くらいと言われていました。また、「火事と喧嘩は江戸の華」というほど、江戸市中は2~3年に1回の割合で大火が起きていました。火の取り扱いは厳しく取り締まられ、人々は無駄な火を使わないように日常の煮炊きを減らすことも心がけました。そのために、外食や煮売り※などで惣菜を購入して食卓を整える習慣がつきました。それは、武士だけではなく、長屋住まいの人たちも、朝に一度ご飯を炊くだけで、家の前までくる煮売り屋の煮豆や焼魚などを買っていました。
                        
「向島あたり茶屋料理向かつ別荘などの風雅なること筆紙につくしがたく、ただうらやましくばかりなり也」と、日記に綴っているのは紀州藩の下級武士。料理茶屋※などで外食ができるのは、商談や宴会などの機会の多い地位の高い武士たち。禄も低い下級武士の彼らが向かうのは、もっぱら屋台の四文屋※。寿司、蕎麦、餅菓子などもあり、お代の四文が基本価格で手軽に入れるファストフードの移動販売の屋台店。酒を置いている店もあり、そこで時には先輩に奢られたり、同僚と割り勘をしたりと、秋の味覚を肴に立ち食い、立ち飲みをしたことは想像にかたくありません。
                        
一方、高い武士たちの宴会などに使われたのが、料理茶屋。地方から訪れる文化人や通人たちも通ったとされる店は、江戸の景勝地の隅田川や浅草寺界隈に多く、〈葛西太郎(のちの「平岩」)〉、〈升屋〉、〈百川〉、〈八百善〉などがありました。〈升屋〉は、江戸藩邸を預かる諸藩の留守居役※が会合でよく使ったとされ、その頻度があまりにも高かったことから、会合が禁止になったと言われています。

そして、なかでも有名なのが〈八百善〉※の「一両二分の茶漬け」。美食に飽きた通人たちが、極上の茶漬けを注文すると、なかなか出てきません。半日ほどして、ようやく出てきたのが香の物と玉露の茶漬け。一杯が現在の価格で3~5万円するというので驚いて訳を聞くと、「季節外れの野菜を使った香の物や粒よりの米や玉露、江戸市中の水はまずいので、早飛脚を出して玉川上水まで汲みに行った代金が入っている」と主人は答えたそうです。しかし、その桁外れの味を求める客で店は賑わい、11代将軍徳川家斉が鷹狩りの途中に立ち寄ったり、篤姫も勝海舟を連れて訪れたといいます。江戸時代の武士たちにとっても、特別な料理屋に「食べに行く」という行為こそがステータスであり、そこで客をもてなすということは出世のひとつと考えていたのかもしれません。

【監修】
企画・構成 和文化ラボ
東京のグラフィックデザインオフィス 株式会社オーバル


※煮売り
魚や野菜、豆などを調理した惣菜を売ること。その煮た食物を担いで通りを歩く振り売りなどの業者もいた。

※料理茶屋
料理の提供を専業とした茶屋で、現在の料理屋、割烹店、料亭などに当たる。現在も料亭として引き続き営業している店もある。

※四文屋(しもんや)
江戸時代に四文が基本の商品を扱った商人や屋台の店を指す。価格はすべて四文均一ではなく「二八蕎麦」は16文(一文は10~30円と換算される。価格に幅があるのは時代により変化)など、低価格で手軽に食べることができるファストフードの店。

※留守居役
藩主不在のときの江戸藩邸で、居城や江戸藩邸を預かる仕事に関わった。幕府と藩との間の連絡、交渉にあたり、他藩の動向を探ることが主な仕事。

※八百善
もともとは八百屋であったのが、享保2年(1717)に二代目栗山善四郎が、会席料理が名物の高級料理店として創業。2代目は俳諧、三味線も嗜み、料理人としても一流と言われた。文人たちのネットワークを活用して、料理本なども多数出した。現在は11代目が鎌倉で店を構えている。
http://www.yaozen.net/


参考資料
『幕末単身赴任 下級武士の食日記』(青木直己著  NHK 出版   生活人新書)
『ビジュアル・ワイド江戸時代館』( 竹内誠監修 小学館)
『江戸の食文化 和食の発展とその背景』(原田信男著 小学館)
「歴史読本特別増刊・事典シリーズ 第17 号 たべもの日本史総覧」(新人 物往来社)
「週刊 朝日百科 世界の食べ物 日本編 118号 38 近世の食事」(朝 日新聞社)
『近世風俗志』(喜田川守貞著 更生閣)


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