ビジネス歳時記 武士のおもてなし 第7話「花残月」
「バサラの桜」、華道に茶道と香道 で演出
4月上旬あたりは、散り始めた染井吉野に続き、枝垂桜や八重桜が盛りを迎える頃。しかし、まだまだ桜前線は東北から北へとゆっくり北上中で、「花残月」の異名もここからきているようです。
“花は桜木、人は武士”などと威張ってはいても、武士も人の子。花見の遊興を描いた広重や歌麿の浮世絵にもあるように、この季節は桜の木の下で酒に溺れる者、踊り集う者など、やはり桜には特別な春の訪れや思いを重ね合わせていたようです。
武将が開いた観桜会として華やかだったのは、室町時代に花の御所といわれた銀閣寺で開かれた足利義政の桜狩。義政は、政治の手腕よりも、銀閣寺、水墨画、能楽、いけ花などの東山文化を創った粋人として名を残しました。また、豊臣秀吉が晩年に開いた「醍醐の花見」(1598)などは、並外れた宴会だったということが、書物や屏風絵画などにも残されています。
しかし、彼らよりも遡る南北朝時代、70歳の佐々木道誉(※)が開いた「バサラの桜」の演出による宴は、粋人の極みというべきもの。茶道と香道と華道を一堂にし、西の京、勝持寺(※)で行われた桁外れの「花の宴」(1366)の演出を紹介する前に、当時の武士と華道について少し触れておきたいと思います。
仏前にお花を供える供花から始まったといわれるいけ花は、茶道とともに武家社会の一般教養として広まりました。それは、花瓶と香炉、燭台の3つの仏具で演出する仏前供花。花瓶にあしらういけ方は立花(※)として、後の華道のスタイルを形作ることになりました。また、その後の室町時代に流行した書院造りの屋敷は、座敷に床の間や違い棚などが作られ、華道も盛んになりました。
いかつい風貌と豪放磊落な性格からバサラ大名とも呼ばれた道誉ですが、美意識は高く、教養人でもありました。「花伝書」で有名な世阿弥とも交流があり、道誉は「立花口伝之大事」という書物を記していたという説もあって、世阿弥も道誉の鑑識眼と教養の高さに一目置く関係だったようです。
道誉の「花の宴」は、実はライバルであった斯波高経(※)に対抗して開かれたもの。架橋工事完成の手柄を横取りされた道誉は、斯波が開催する同じ日に宴を開催、そこには招待客を残らず自分の方に呼び寄せようとした狙いがありました。
勝持寺の境内にある小さな太鼓橋の擬宝珠や欄干には金箔が貼られ、橋板に毛氈や豪華な錦などの“道誉カーペット”を敷きつめました。おそらく、客人は思わず履物を脱いで歩いたのでしょう。敷物には桜の花が雪のように積もり、歩くと足裏にひんやりとした感触が伝わってきたそうです。
圧巻だったのは、寺の境内にあった4本の桜の巨木を使った二対の立花。巨の根元が隠れるように高さ3メートルの真鍮製の花瓶を据え置き、桜木がそこにいけられているように演出しました。その花との間に設えた机の上に香を置いて、1斤(約600グラム)もの名香を一度に焚き上げて、なんとも芳しい香りで、訪れた者を夢見心地にさせました。そして、幔幕が張り巡らされた宴会の席には、料理や銘茶、闘茶や聞香などの催事に使う賞品の数々が並べてありました。
境内の桜木に花瓶を重ね合わせて、借景としてみせた道誉。その酔狂なほどスケールの大きい演出で、そこに大きな宇宙観を表現する立花の精神を茶道と香道を伴って表現をした、まさに道誉の「バサラの桜」だったのです。
【監修】
企画・構成 和文化ラボ
東京のグラフィックデザインオフィス 株式会社オーバル
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※佐々木道誉(高氏) [1296-1373]
鎌倉-南北朝時代の武将。近江国(滋賀県)の豪族。京極(佐々木)宗氏の子。法号は道(導)誉。足利尊氏に従って室町幕府創設に貢献。歌道、香道、茶道のたしなみも深く、連歌や華道などに通じ、勢いのある派手な振る舞いから婆娑羅(バサラ)大名とよばれた。
※勝持寺
京都市西京区大原野南春日町にある天台宗の寺。延暦10年(791)に最澄が創建したとされる。西行法師の手植えと伝えられる桜の木が多く、満開時には寺全体が花の下に埋もれる「花の寺」と称される。道誉がこの寺で開いた花宴の様子が「太平記」に出てくる。
※立花
いけ花様式の一つで、立華とも書く。室町時代、15世紀末から座敷飾りとして発展したものを、いけ花の名手として知られる池坊専好が大成した(後の、「いけばなの池坊」に)。現在も、いけ花発祥の地として知られる京都の六角堂で、立花などの手法を取り入れた春の催事が行われている。
※斯波高経[1305-1367]
南北朝時代の武将。越前・若狭の守護大名。後に子の義将を通して幕府の実権を握るが、佐々木道誉らにより失脚させられる。
参考資料
『植物ことわざ事典』(足田輝一編 東京堂出版)
『カラー図説 日本大歳時記 春』(講談社)
『ビジュアル・ワイド江戸時代館』(竹内誠監修 小学館)
『佐々木道誉 南北朝の内乱と〈ばさら〉の美』(林屋辰三郎著 平凡社ラ イブラリー85)
『太平記 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』(武田友宏編 角川ソ フィア文庫)
『大江戸カルチャーブックス 江戸の花競べ 園芸文化の到来』(小笠原左衛門尉亮軒著 青幻舎)
『日本風俗史事典』(日本風俗史学会 弘文堂)