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ビジネス歳時記 武士のおもてなし 第8話「参勤交代」

藩主の旅枕を支えた、大名行列の家臣たち

「大名に生まれぬ徳で夫婦旅」──4月は異動の季節。さまざまな交通機関で、入社や転勤などの人々が国内を行き交います。ただ、ここ数年はコロナ禍で引越し数は減少気味だとか。一方で、引越し業者との見積もり依頼はオンラインが増えたというのも、今どきなのかもしれません。

ところで、江戸時代も、この時期は参勤交代で江戸と国元に帰る東西の大名行列が、街道を行き交うシーズンでした。ご存知のように、参勤交代は時の将軍の命令で、各藩の大名が国元と江戸をほぼ1年ごとに往来する旅。江戸に設けた各藩の屋敷には、藩主の妻や子どもたちが言わば人質のような形で留め置かれていました。それは経済的にはもちろん、体力や精神的にも厳しい制度でした。そして冒頭の句は、そんな当時の大名たちの旅事情を揶揄したもの。今回は、行列の象徴として君臨した大名の立場から、参勤交代の実情をご紹介しましょう。

参勤交代は、幕府に対する諸大名の服従の儀礼として、寛永12年(1635)に徳川家光(※)による「武家諸法度」(※)の改定では、「大名・小名、在江戸交替相定むる所なり、毎歳夏4月中、参勤いたすべし」と、制度化されたものです。寛永時代から文久2年(1862)まで、実に227年間も続いた参勤交代。奥州、日光、甲州、東海道に中山道の街道を、約300もの大名家が動いていました。

その規模は、熊本藩の細川家で2700人、加賀藩前田家で3000人くらいというのですから、城の生活がそのまま動く旅といっても過言ではないでしょう。しかし最初から最後まで、この人数で行列を行ったということではなく、国元や江戸近くで出迎えの人々などが集まる場所になると、先頭を歩く奴(※)など派手なパフォーマンスを繰り広げる従者などを、臨時に雇うことも普通に行われました。

この旅は、よほどの病気や慶事、忌事以外は休むことは許されません。そのため、家老たちは膨らむ旅費の算盤をはじきつつも、大名のご機嫌を損ねないように、家臣を従え家財を抱えて旅する“動く城”を取り仕切りました。また、家老は旅費の他に、江戸の将軍へ献上する贈答品の算段もしなくてはなりません。時には献残屋(※)という業者を通して、地元の庄屋や商家からの贈答品を転売し、必要な品を賢く用意するなどの工夫も行われました。

行列に付き従う家臣たちも大変ですが、狭い駕籠の中で揺られ、不測の事態に備えて宿でも安眠できない大名にとっても辛い旅でした。豪華な塗駕篭で吊革のような持ち手や煙草盆まで用意されていても、身体を折り曲げて限られた空間に長時間座るのは辛く、時には馬に乗ったり、徒歩で限られた距離を歩いて身体を動かしてもらう工夫なども行われたそうです。

道中は本陣と呼ぶ宿泊施設に逗留しますが、大名の食事は毒見が必要なので自前で用意します。料理道具の「膳所長持」はもちろん、漬物は漬物石ごと運び、いつでも鮮度のいい香の物を出せるように調整します。また、大名には特別に「御枕弁」も用意されました。これは家紋が入った黒の塗り箱の中に梅干し入りの握り飯が入っており、賊に襲われるなど不測の折に、この弁当を持って逃げる非常食でした。そして、夜は不寝番の小姓を傍に置き、屛風越しに蝋燭をつけて夜通し戦記物などを朗読させ、万全な警備体制であることを演出しました。可哀想な大名たちは、昼間の揺れる駕籠の中でしか眠ることができなかったようです。

そんな道中の大名を慰めたのは、碁や将棋の娯楽品、また、時には身体を動かすために鷹狩用の鷹や愛玩動物として犬まで連れていった藩主もいたとか。このほか、徳川御三家と言われた尾張、紀州、水戸の大名など三十数家だけにはお茶道具一式や、茶を点てる茶坊主の同行も許され、旅の合間の一服を楽しむこともありました。

【監修】
企画・構成 和文化ラボ
東京のグラフィックデザインオフィス 株式会社オーバル
https://oval-design.co.jp/


※徳川家光 [1604-1651]
江戸幕府第3代将軍。元和9年(1623)に将軍となる。老中・若年寄などの職制や兵制などを整備。武家諸法度を改訂し、参勤交代を制度化して大名支配体制を確立した。また、キリスト教を禁止して鎖国体制を強固にした。

※武家諸法度
江戸幕府が武家の守るべき義務を定めた法令。幕府による支配身分統制の基本法。元和元年(1615)徳川家康の命令で2代将軍秀忠のときに発布された13箇条が最初。その後必要に応じて改定され、城の修築や婚姻・参勤交代などについても規定された。

※奴
江戸時代に武家の雑用や、行列の先頭で槍や挟箱を持って振り歩く下僕をいう。独特の風貌で、尻はしょりをした衣装など目立つ服装だった。

※献残屋
江戸時代、献上品の払い下げを受けて、それを商品にして行う商売。また、他の献上者に売る商売を行う者。


参考資料
『大名行列を解剖する 江戸の人材派遣』(根岸茂夫著 吉川弘文館)
『参勤交代道中記―加賀藩史料を読む─』( 忠田敏男著 平凡社)
『大名行列の秘密』(安藤優一郎著 NHK出版 生活人新書)
『ビジュアル・ワイド江戸時代館』(竹内誠監修 小学館)


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