
「セルフトート・アート」について
アール・ブリュットと重なる分野として「セルフトート・アート」という言葉があります。
セルフトート (self-taught) とは「自分自身に教える」つまり「独学」です。英語圏のWebサイトを見ていると、ヘンリー・ダーガーなどのアール・ブリュット作家が「Self-taught artist」に分類されているのを時々見かけます。
たしかに、「アール・ブリュットとは何か」についての説明文でも、たいていは「正規の美術教育を受けていない作り手が独自に生み出した作品」という感じです。その意味ではアール・ブリュットと「セルフトート」には強い関連があると思います。
でも、独学で絵を学んだ人をすべて「アール・ブリュット作家」と呼ぶかというと、当然そういうわけではありません。
また、専門的な教育を受けた人が「アール・ブリュット作家」と認識されていることもあります。東京の中野区では毎年「街中まるごと美術館」のアール・ブリュット展が開催されていますが、2022年のチラシはメインビジュアルが戸谷誠さんです。戸谷さんは多摩美術大学油画科の出身なので、どう考えても「セルフトート」ではないでしょう。
また、「パラレル・ヴィジョン」展の出展作家の中にも、プロとして絵画やデザインを学んだ後に精神疾患で入院した方がいたように記憶しています(今資料が手元にないので確認はしていないのですが)。
京都の亀岡市にある「みずのき美術館」は障がい者支援施設であるみずのき寮絵画教室の作品を収蔵し、「アール・ブリュットの考察を基本に据えた美術館」です。そして、みずのき寮では画家の西垣籌一氏により、かなり専門的な絵画教育が行われてきたという経緯があります。
みずのき寮の絵画教室については、ここでたびたび引用している『アウトサイダー・アート 現代美術が忘れた「芸術」』(服部正著 光文社新書)でも取り上げられています。服部氏はここで、みずのき寮の教室で制作された作品を「画材の扱いに習熟したプロの仕事」(p.122)と評価し、それらの作品をアウトサイダー・アートと呼ぶことに「少々ためらいを感じている」(p.121)としています。
この本は2003年の出版ですが、現在は少々事情が変わっているかもしれません。雑誌「美術手帖」2017年2月号の「アウトサイダー・アート」特集を見ると、次のように書かれています。
Q3 福祉施設で「美術教育」はなされているのでしょうか
A 「教えてはいけない」という意識が浸透しています。
かつては福祉施設でも徹底した技術指導を行った例があり、写実的なスタイルで静物画を描かせたり、全員に同じものを作らせたりしていました。山下清の貼り絵にもその影響はあります。その状況を変化させたのが1995年のエイブルアート・ムーブメントです。10年ほどかけて「教えてはいけない」という考え方が啓発され、障害のある人が個性を発揮してつくったものの面白さを受け止めようという姿勢が全国の施設に浸透していきました。
プリンツホルンやデュビュッフェの時代に立ち返ると、その時代の画家というものは美術学校に入学したり画家に弟子入りしていました。独学の画家も、作品を模写して技術を身に着けていました。対してアール・ブリュットは、それとは違う場所で見いだされた芸術です。そこにあった価値とは、絵画の技法や約束事からの自由さであったはず。
「アール・ブリュット」とは特定の画風を指す言葉ではありませんが、何となく共通する画風はある程度存在すると思います。しかし「そういう作品を作ろう」と試みた瞬間、それは「アール・ブリュット」とは言えなくなってしまうのではないでしょうか。
そういう意味で「教えてはいけない」という最近の傾向は理解できます。
ただ、技術力があればそれは「アール・ブリュット」になり得ないのか、というと、それも極端だなという気がします。
昨年、関西に行く機会があったので亀岡市の「みずのき美術館」も訪問して来ました。そこにあった作品の中には確かに「プロっぽい」技術を備えた作品もありましたが、これはこれで良い作品だと思いました。
というわけで、アール・ブリュットの基本は「教えない」ことであるものの、別にそれが絶対的な条件ではないということで良いと思います。
参考文献:
『アウトサイダー・アート 現代美術が忘れた「芸術」』服部正著 2003年 光文社新書
「美術手帖」2017年2月号