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『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』を読む(2)

それでは本書の2番目のパート『非現実の王国で』の抜粋部分を読んでいきましょう。絵は好きなのですが、そういえば文章の方はしっかり読んだことがありません。

ヘンリー・ダーガーはこの長大な物語を18~20歳の頃に書き始めたようです。原稿はタイプライターで清書されて本の形に製本され、全部で15巻(製本されていない原稿もあり)。内容は前回述べたように、「子ども奴隷」をめぐって邪悪な国とキリスト教徒の国が戦いを繰り広げる架空の世界の物語ですが、大きなストーリーラインがあるわけではなく、記述の大半は戦闘場面の描写に費やされているようです。

架空の世界(最初の設定では別の惑星だった?)ではありますが、戦い方や軍装などは南北戦争当時のイメージに基づいています。南北戦争というと大昔のような気がしますが、1861~65年ですから、ダーガーの生まれる30年ほど前。幼少期にはまだ当時を記憶する人も多かっただろうと思うと、何だか不思議な感じです。

『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』p.73

1 王国の風景

出典は「第7巻(製本されていない)p.7 (460a)」とあります。王国の風景というか、「シルヴァー・ベルの戦い」という戦闘が勃発した時の様子を描いています。「奇妙な音」に続けて「煙と瓦礫でできた山がまるまるひとつ現われ」る場面など、視覚的な具体性がありますね。

別の本ですが、そういう感じの絵があったので写真に撮ってみました。原美術館で2007年に開催された展覧会「ヘンリー・ダーガー 少女たちの戦いの物語――夢の楽園」の図録より。

『ヘンリー・ダーガー 少女たちの戦いの物語――夢の楽園』p.15

爆発の後「しわしわの水平線がぴんと張って」という描写があるのですが、いまいちピンときません。遠くの方から大規模な軍隊が攻めてくる、その様子が次第にはっきり見えてくる様子なのかなと思います。遠くからやって来る「紫色の大群」はキリスト教徒の軍服の色なのでしょう。

2 戦争に突入した世界

出典は「第7巻 p.2890 (590a)」……って、1巻何ページあるんですか!
このパートはすべて戦闘場面です。1文が長く、だらだら続いている感じがあってちょっと読みづらいですね。文章を整理して読みやすくリライトしたくなってしまいます。翻訳版なのであまり断定的なことは言いにくいのですが、形容詞などの語彙が装飾過多――もっと言うと、やや「中二病的」な印象があります。

3 ダーガー、筆者としての戦争の恐怖を語る

出典「巻数不明、p.203-204」のこのパートでは、語り手のダーガーが読者に向けてグランデリニアンの残虐行為に対する怒りを表明しています。このようにダーガーが直接語りかける場面は他にもいくつかあるらしい。この物語はダーガーが誰にも見せず自分のためだけに制作したと言われていますが、「これらのニュースを読んでいる方々、私の話の個人的見解をお許し願いたい」という文言からは、彼が(どの程度現実的かはともかく)「読者」の存在を想定していた可能性が読み取れます。

4 ジャック・エヴァンス、ヴィヴィアン・ガールズを救出する

出典は「第7巻 p.2756-2758」なので、2の戦闘場面の少し前ということになりますね。この場面ではアンジェリニア軍の若き武将、ジャック・エヴァンスが活躍し、敵に捕らわれたヴィヴィアン・ガールズを救出します。エヴァンスはダーガーが自分自身を重ねていた理想の姿と見られています。

マグレガーの注釈によると、ガールズの冒険場面で「その文体は児童文学を彷彿させる文体に移行する」のだそうです。翻訳で読んでも、2の戦闘場面よりはかなり読みやすく感じます。

敵方にいるゲルマニア・ヴィヴィアンはロバート・ヴィヴィアン将軍の不肖の息子。ということはヴィヴィアン・ガールズの兄ということですか!国と国との戦いをめぐる壮大な物語が、元を辿れば肉親の争いだった――というストーリーはギリシャ神話からスター・ウォーズまで、さまざまな物語に見られる構造。ヘンリー・ダーガーも例外ではないのですね。

5 ヴィヴィアン・ガールズの冒険

出典は「第7巻(製本されていない)p.2634」となっており、全体がどういう構成になっているのか、いまいち謎な感じです。ページ番号はどうやって振ったものなのでしょうか。番号からいうと前項のエヴァンスによる救出劇より前のようですが、時系列から言うと後では?ここではヴィヴィアン・ガールズが捕らえられていた時の様子をエヴァンスに語っているので。それとも、何度も捕らえられては救出されるというドラマを繰り返しているのでしょうか。

ガールズがエヴァンスに語った内容は、前回の図版のところでも注目した、絨毯に隠れて脱出を試みる話です。

『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』p.23

結局、絨毯を運ぼうとした敵の兵士がつまづいて落としてしまい、彼女らの計画は失敗してしまうのですが、このヘマをした兵士の名前は何と「ヘンリー・ダーガー」だというのです。「私が隠れていた絨毯を運んでいた一等兵のヘンリー・ダーガーが」(p.77)と言っています。

この「ヘンリー・ダーガー」なる人物、他の場面にも現れていますがそれぞれ別人のようです。味方の将校だったり新聞記者だったり……。ダーガー自身、この世界に「住人」として暮らしていたのでしょうか。

6 ダーガー、ヴィヴィアン・ガールズをテストする

出典は「第1巻 p.397-401」なので、物語の序盤の方ですね。ガールズがスパイに志願し、叔父のハンソン・ヴィヴィアン将軍は彼女たちをテストするために優秀なスパイ部隊・ジェミニ隊の隊長を呼び寄せますが、この隊長の名前がまたもやヘンリー・ダーガーなのですね。ここでは味方のようです。

志願した動機を聞かれたヴァイオレット(ヴィヴィアン姉妹のひとり。彼女が最年長?)は友達のアニー・アーロンバーグを殺された復讐だと口にします。この名前は重要なので覚えておきましょう。

ガールズはダーガー隊長による厳しいテストを難なくこなし、自分たちの資質を示します。

次の項が長いので、いったんここで終わりにします。続きは次回。

#アール・ブリュット #アウトサイダー・アート #ヘンリー・ダーガー #非現実の王国で

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