
『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』を読む/本文(2)
作品社から刊行されている『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』の物語部分を読んでいます。では前回の続きから読んでいきましょう。
7 ヴィヴィアン・ガールズ、スパイとしてすばらしい手柄をあげる
出典は「B巻 p.2916-2921」で、これが「『非現実の王国で』の最終巻」と書かれているのですが、この後に「C巻」も出てくるんですよね……。今までの「1巻」や「7巻」とこの「B巻」などがどういう関係になっているのか。全体の構造がいまいち謎です。現存している全巻とページ数、前後関係などの物理的な全体像は整理されていないのでしょうか。
ともあれ、この場面はベテランのスパイに成長したヴィヴィアン・ガールズが、さまざまに変装して敵の目を欺き機密書類を手に入れたりするという、痛快な場面になっています。ルパン3世かと思った!
「通行証を持ったグランデリニアンの子どもたちが通りました」
「ばっかもーん!そいつらがヴィヴィアン・ガールズだ!」
(実際の文言とはちょっと違います)
ここでガールズの仲間としてボズウエルとペンロードという少年が同行していますが、ペンロードはこの後も登場。
また敵方にも子どもを殺害することに抵抗を感じ、ガールズを捕らえず見逃してやる将校がいたりする所も注目。最終巻まで長大な物語を書き続ける過程で、ダーガーと彼の物語世界も成長し発展を遂げてきたのでしょうか。
抜粋の中では最も長いパートなのですが、長さを感じさせない、物語的な魅力がある部分です。
8 子供奴隷の生
出典は「C巻 p.1043」で、グランデリニアで子供奴隷がどのように虐待されていたかが語られる短いパート。抜粋部分にガールズは登場せず、前回も登場したペンロードの視点で描写されています。
フルネームはマーカス・ショフィールド・ペンロードで12歳。ブース・ターキントンの児童書『ペンロード』が元ネタのようです。『ペンロード』は1912年に出版され、当時はマーク・トウェインに並ぶ人気作だったようですが、日本語訳はないみたい。

9 子供殉教者、リトル・ジェニー・アンジェの死
出典は「C巻 p.886-b、p.884-bからC-885、p.886b」です。これも全体の中での位置づけがよくわかりません。大きな物語の一部というより、外伝的に挿入されている独立した掌編のような感じです。残虐なグランデリニアンに拷問されて殉教したアメリカ人の少女ジェニー・アンジェの物語。
えっ、この世界には「アメリカ」があるんですか!?
というのがまず驚いた部分。舞台となる地名も「(アンジェリニア)ピレネー県の大都市バイヨンヌ近郊」となっており、何だか現実的。アンジェリニアはフランスあたりにあるのかなと思わせます。非現実の王国なので現実とはまったく違う非現実の世界観で統一しても良いはずなのですが、ダーガーはここに「アメリカ出身の少女」を登場させたかったのでしょう。「アメリカ人である彼らは生きなければならなかった、死にたくないからでも、死ぬのが怖いからでもない、グランデリニアンの暴徒なんかに殺されてたまるかという気持ちからだ」(p.85)という文章にはダーガー自身の愛国心が表れているのかもしれません。
解説文には、ダーガーが子供殉教者の伝説を手本にしたという推察が書かれています。ジェニー・アンジェが受けた拷問の描写はかなり具体的で生々しいのですが、その描写があるために、後半でアンジェの遺体が川を流れて行く奇跡の場面がより神々しく感じられます。キリスト教美術の殉教場面に描かれるのも「暴力」と「奇跡」ですよね。
10 ブレンギグロメニアン・サーペント、女の子を救う
出典は「7巻(製本されていない)p.2906-2908(7-698a、7-599、7-599a)」となっています。このパートでは森林火災の描写に迫力があります。
森林火災に両側を挟まれたアンジェリニア軍は、まだ燃えていない木々の間をぬって敵軍が接近するという知らせを受けてさらに混乱します。
そこへやって来たブレンギグロメニアン・クリーチャー(本文中「ブレンゲン」という略称は使われていません。長いフルネームか、または単に「クリーチャー」と呼ばれています)は、火災に巻き込まれて逃げまどっている少女を見つけて救助し、子どもを殺そうとするグランデリニアンと戦います。そのうちにアンジェリニア軍が到着して敵を蹴散らし、クリーチャーと少女は無事に手当てを受けます。
11 ブレンゲンの襲撃
出典は「7巻(製本されていない)p.7-382、7-382a(2824-2825)」
子どもたちを愛し、グランデリニアンと戦うブレンゲン。この短いパートでは、ヴァイオレット・ヴィヴィアンがふざけて敵の制服を着たため、誤認したブレンゲンに襲われてしまいます。
12 サンタクロースからの手紙
出典は「第3巻 p.418」
これも短いパート。サンタクロースがグランデリニアのフェデラル将軍に捕らえられてしまい、ヴァイオレットに手紙で助けを求めます。
サンタさんへの手紙――はよくありますが、サンタさんからお願いの手紙を受け取るというは、そうそうあることではありませんね。無事に救出されたのでしょうか。
13 宙に浮かぶナイフ
出典は「第1巻 p.89-90」
このパートはブレンゲンが多数生息する洞窟を探検する話ですが、登場人物がちょっと謎です。冒頭が「私たちの冒険は~」なのですが、私たちって誰?
その少し後に「10人の探検者」とあって人名がいくつか出てくる。「ヴァイオレットや妹たち」がいるので姉妹が7人。名前が出てくるロバートとハンソン、ジャック・ヴィクターで10人になるのかなと思っていたら「水兵たち」が登場し、さらにはエヴァンスも登場。20人以上いそうな感じですが、どういう状況なのでしょう。第1巻なので、ダーガーもまだ書き慣れていないのかもしれません。
ともあれ、ここではジャックが取り出したナイフが宙に浮かび、ひとりでに動き出すという超常現象が発生します。それはどうやら、ブレンゲンの身体が磁気を帯びているかららしい。
註釈によると、精神分析に通じた読者の目には「性的、攻撃的な含みが隠されていることは明白」なのだそうです。うーん、そうですか。
さて今回はこのへんで終わりにして、続きは次回にしたいと思います。次も読んでいただけると嬉しいです。
#アール・ブリュット #アウトサイダー・アート #ヘンリー・ダーガー #非現実の王国で