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「その扉をたたく音」-瀬尾まいこ

主人公の宮路は「ミュージシャンとして生きていく」と口では言うが、相応の努力もしないし、補う才能もない。そのくせ裕福な親の仕送りに頼り、バイトすらせずフラフラして生きていてるのに人に対して偉そうな奴。僕が一番嫌いなタイプの人間だ。読み進めるごとに腹がキリキリしてくるくらいイライラした。それにも関わらず、不思議と「もうこいつと関わりたくない」と本を閉じることはなかった。

福祉施設でボランティアとして、ギターの演奏をして、客の好みも全く考えず、洋楽や新しい曲、さらにはオリジナルソングまで…想像するだけで恥ずかしくなり、冷や汗が出る。そんな彼の後にフルートを奏でた渡部は聴く人が涙を流すほど感動を与えるが、一方で彼自身はさほど音楽にのめり込んでいるわけではない。

自分勝手に生きる宮路と、人の役に立つために介護士の道を選んだ渡部。まさに対極という二人だが、渡部の方は最初宮路を心の底では毛嫌いしたのではなかろうか。
(渡部は「あと少し、もう少し」に登場していた。もう一度読み返したい。)

渡部のフルートに陶酔した宮路は、あれこれ理由を付け施設に通いつめる。厚顔無恥とはまさにこの事か。そんな彼を捕まえ、毎回お使いを頼むおばあさんやウクレレを教えてくれと頼むおじいさんが現れる。気づけば、そうしたお使いやウクレレ教室が宮路の通う理由になり、彼らの喜ぶ顔が彼の喜びになる。

けれども年齢とは残酷だ。
元気だったおじいさんが、認知症から癇癪を起こす。「心の瞳を一緒に弾こう」という約束があと少しで果たされるのを前に。

毎回憎たらしく可愛がってくるおばあさんは死期を悟り、宮路に進めと背中を押す。そのおばあさんの一番の宝物は、宮路がお使いで買ってきたタオルだった。

人の喜びを自分の喜びにできる人、人の哀しみをその人以上に悲しめる人が、本当に自分勝手なはずがない。彼自身もそうした彼が大嫌いだったのではないだろうか。これ以上憎むと息ができなくなるから、自分を正当化して、生きるために逃げてきたのだろう。別にそれなら仕方ない、許そうとは思わないが、だから嫌いになりきれなかったのだと思う。

かく言う僕も沢山自分勝手だ。
これこれこうだから仕方ないがいっぱいある。
宮路と大差ないのだろう。

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