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バチバチの夜景に溺れ星を観た
目次
気分は真冬の夏休み
大事なこと
大事なモノ
きらきらひかる
月
金星
木星
土星
迫る連星
1.気分は真冬の夏休み
2024年12月1日、風邪真っ只中の私は暇を持て余し、友人のXやDiscordにさながらウイルスを撒き散らすがごとく、メッセージを送り付けた。
「うちで星観ない?」
令和の夏目漱石である。悪く言えば自分を夏休みの小学生だと思い込んでいる異常独身男性か。相手が相手ならブロックは間違いないだろう。
もちろん、師走と共に突如として現れた狂人相手に周囲の反応は鈍く、返ってきても「今年中は無理かな」といった具合であった。当たり前だぞ。
しかし、持つべきものは友と言うか、類は友を呼ぶと言うか。
一人だけ、手を挙げてくれたのだ。そこから話はトントン拍子に進み、12/14の夜にうちの近所の公園で天体観測をする運びとなった。
そこまではよかった。だが、天体観測には魔物が潜むのだ……
2.大事なこと
苦い思い出があった。8月のど真ん中。日が暮れてもまとわりつく熱気と、微動だにしない空気。
その夜も、私は天体観測会を企んでいた。友人と数日前から計画し、晴れが続いている今時期なら悪くないだろうと踏んで予定を入れていた。
実は、真夏のどんよりと淀んだ空気はゆらぎが少なく、天体観測にうってつけなのだ。
ゆらぎのイメージとしては、水やお茶に砂糖を垂らした時にモヤモヤするアレ。温度差や風で上空で似た現象が起き、星がゆらいで見える。望遠鏡は思い切りズームをするため、ちょっとしたゆらぎも悪影響となる。
感覚的に、夏よりも冬のほうが空気が澄んでいて星もきらめいている気がするが、実はそうでもない。冬の上空は寒気が吹き込んでおり、風の流れもかなり早い。冬の星がチカチカとゆらいでいるのはそのためで、望遠鏡を使わなくても分かるレベルということは……お察しである。
さて、そんな最高のコンディション(人間には最悪の気温と空気)で臨んだわけだ。
宇宙ヨシ、地上と上空の空気ヨシ。
???「だが、コイツ(雲)が許すかな!!」
盲点だった。いや、決して忘れてはいなかった。天気予報や星空指数は見ていたし、直前まで雨雲レーダーも見ていた。それから友人にGoサインを出したのだ。しかし、レーダーに映らない微妙な厚さの巨大な雲が、ゆっくりと南進してきていたのである。
友人が到着する頃には空は雲で覆い尽くされ、月の輪郭すら朧気になっていた。完全に観測不能だった。
しばらく待っても天候が良くなる兆しは見えず、あえなく解散となった。
そう、全てはお空の気分次第なのだ。
3.大事なモノ
ここで使用する望遠鏡を少し紹介しよう。
Sky-Watcherのドブソニアン式望遠鏡だ。口径は150mm、重量は15kgほどある。
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ドブソニアン式望遠鏡とは、構造を簡素化することで大口径レンズの望遠鏡を安価に手に入れられるようにしたものである。高価なモデルなら自動追尾などもあるが、これはシンプルなモデルで、手動でガシガシ調整する。繊細な動きなどない(努力次第)。
そして口径とは、反射鏡の直径である。この望遠鏡の底に直径150mmの鏡がある。大きいほど光をたくさん集められるので、遠くの暗い星をズームしても明るくなりやすい。よく倍率!倍率!と聞くが、いくら倍率が高くても、反射鏡が小さければ暗くてよく見えないのだ。
150mmはかなり大きいほうで、よく見る三脚が付いて微調整のきく望遠鏡だと150mmならウン十万するタイプもある。
普通に月や木星を観るくらいならこんなにでかいのはいらない。1万円程度でも立派に使える望遠鏡が幾つもある。
スコープテックのラプトル50。私が初めて使った望遠鏡。月は立派に、頑張れば木星の縞も土星の環も見える。
あとは正直ウデ次第だ。
4.きらきらひかる
12/14の夜になった。友人から最寄り駅に着いたとの連絡が入る。
すぐさま望遠鏡を掴み上げ、階段を降りる。最近ウォーキングをしていたお陰で足腰は耐えきり、なんとか公園まで運びきった。
寒さか疲労か、手足を震わせニヤニヤしながら望遠鏡をセッティングする。通報モノだ。すべり台で遊ぶ親子が、そそくさと帰路に着いていた。
すぐ近くに停まっている車があり、持ち主がしばらく戻らないことを祈りつつセッティングを終える。
気温は10℃を割り込み、道民だからと高をくくっていた見栄が怪しくなっていた。
『2時間はやるから!寒さ対策しっかりね!』
と友人に念押ししたのはどの口か。
10分ほどして、友人が姿を現した。挨拶もそこそこに、空を見やる。
雲はない。今日の目的である月、金星、木星、土星がビルの間から顔を出している。空気のゆらぎは仕方なかったが、ここ数年で一番のコンディションだった。
しかし、ここでまた気付く。ここはもう北海道のド田舎ではない。少し足を伸ばせば東京都心も目の前にあるバチバチの都会である。そこからやや離れているとはいえだ。
我々は、ビルの隙間を探しては辛うじて息継ぎをするようにしか惑星たちを見留められなかったし、殆どの淡い星々は、もう様々なライトに飲み込まれてしまっていた。宇宙と地上の間で、田舎には無かった光の層が行く手を阻んでいる。本当に大丈夫だろうか???
5.月
と、遠路はるばる来てくれた友人の前では言えるわけもなく。とりあえず、いつどこで見てもだいたい間違いない「月」から観測を開始した。
月はひときわ明るかった。満月になる前日だったので、 地面に影が落ちるほどだ。すぐそばにスバル(明るい星の集まり)があるはずだったのだが、下からの街明かりと月光にかき消されていた。また不安が募る。
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こんな感じの道具を使い、スマホのカメラ部分を望遠鏡の覗き口に近付け固定する。コリメート撮影と呼ばれるやつだ。
望遠鏡のファインダーを月に合わせると、すぐさま何十倍にも増幅された月光がスマホの画面を埋め尽くした。すかさずカメラの明るさレベルやISOを調整してもらう。あまりに寒いので、友人のスマホにだけ写真を残してもらうことにしたのだ。私はいつでも撮れる。
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月はいい。満ち欠けがどのタイミングであれ見栄えする。もっと観たり撮ったりしてもよかったが、寒さに耐えかねて全てを見ずに解散してはもったいないので早々に惑星観察へと移った。
6.金星
結果として、コンディションは全てバッチリだった。東京で星空は見えないと嘆くところだったが、繁華街やオフィス街でさえなければどうにかなるようだ。正直、北海道で撮った時よりよく見えた。
さて、最初の惑星として、金星にファインダーを向けた。月のように満ち欠けをしており、来年2月辺りに最大の明るさへと到達する。今は半月状でやや遠いが、2月には三日月状になりサイズも増す。
それでも夜空では既に一番明るい星だった。気流のゆらぎや、あまり大きくないサイズのため、上手くピントは合わずラグビーボールのような光点にしかならなかった。
写真をもらい忘れたが、正直見栄えはしなかった……
7.木星
土星と並ぶ夜空のメインディッシュ。明るさを上げれば4つの衛星(木星の月)が観られるし、明るさを落とせば特徴的な縞模様が観られる。お得だ。
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前述のとおり、1万円クラスの望遠鏡でも木星の縞は観測可能だし、衛星も観られるので満足度が高い星の一つ。もう少し下調べすれば、それぞれの衛星の名前も紐付けられるだろう。
次は土星だが、実際は木星の位置がまだ低く電線に被ったりしていたため先に観測していた。
7.土星
こちらも木星に並ぶ太陽系のスターだ。実は土星の環は、30年おきに傾きの変化が一巡しており、15年に一度はその薄い環が真横になり見えなくなってしまう。その15年目が来年2025年。今はギリギリ環が見えるチャンスの年なのだ。まあ、天文マニアにとっては15年ぶりの環が見えない土星のほうが嬉しいのだろうが、我々一般人としてはやはり環が見たい!
というわけで木星よりさらに小さな土星を夜空から目星をつけ、微調整の効かない望遠鏡を震える手で小刻みに動かし探し当てた。
環は、まだあった。
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その日に目立って見える惑星をコンプリートしたところでおよそ1時間。身体の冷えは限界に近かった。
9.迫る連星
一息つきかけたその時、男性が二人近づいてきた。望遠鏡を観ながら声を潜めニヤニヤしていた我々は、明らかに怪しい。
「木星ですか?」
その一言に安堵した。近くに停めていた車の持ち主だった。しかも星に理解があるときた。
二人は少し片付けのような作業をしたのち、そのまた声を掛けてきた。
「見せてもらっても?」
願ってもない機会!中々ないコンディションなので、少しでも多くの人に見てもらいたかった。オタク特有のキモ早口で軽く説明しつつ、土星、木星を手早く捉えて覗いてもらった。
実に短い時間であったが、こちらに来てからの数少ない初対面の方との交流だった。
我慢もピークに達していた我々は、車を見送るとすぐさま撤収し、近所のラーメン屋へと転がり込んだのであった。写真は載せない。私は優しいので深夜に読むあなたに配慮する。
今までは私ひとり黙々と覗いていた望遠鏡。友人とだけでなく初対面の人とも関わるきっかけになり得る有能ツールであることを、この天体観測会で初めて気付かされた。
これからもまた、狂人のように突然友人を誘ってみてもいいのかもしれない。
こわくないよ。